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「ねぇそれさぁ、嫌がらせなんて可愛いもんじゃないんじゃない?」

見なかったことにしたかったけれど、あまりにも気持ち悪過ぎて俺はとうとう同僚に酒を奢る代わりにと相談に乗ってもらうことにした。
初めはニヤニヤとしながら聞いていた同僚だったが、次第に怪訝そうな表情に代わり、やがて本格的な嫌悪の表情を浮かべると固い声でそう言った。
嫌がらせなんてモンじゃない、とは?

「花は高価な物なんだよ?生花もだし、鉢植えなら尚更のこと。嫌がらせにしては金が掛かり過ぎてる。」

確かに。
言われてみればそうだけど、でもじゃあ何でそんな金をかけて俺の家の前に花を置くんだ?
同僚の言葉に首を傾げれば、そこは同僚も気になるらしい。
腕を組んで真剣に悩み始めた。
数ヶ月………実に半年近く、俺の家に置かれ続けた花々。

「この街の人間じゃないのは確かなんだけどなぁ………」
「なんで分かるんだ?」
「そんな金持ってる奴はこの街に居ないよ。」

同僚の言葉に首を傾げれば、なるほど納得な言葉を告げられる。
この街は【街】ではあるけれど、かといってそう裕福な街ではないし、特に何か目立つ観光場所があるという訳でもない。
そんなことだから大きな商人が住み着く訳でもない。
無い無い尽くしのドの付く貧乏街だ。

「………でも、最近新しい奴を見掛けたって話聞いたか?」
「そこなんだよなあ………!」

俺の言葉に、同僚は頭を抱え始めた。
この街はそう大きくないし、そもそも何度も言うが貧乏なので人が居着かない所か新しい人すら来ない。
五年前俺が来た時もそれはそれは大きな噂になった位だ。
だからこそ、今何一つ噂が立っていないことを考えるとこの街の人間以外が犯人とはとても思えない。
だって半年近く毎日だぞ?
例え犯行時刻が深夜かもしくは朝早くだとしても、街に出入りしている時点で誰かしらが見ている筈だ。

結局の所、あーでもないこーでもないと同僚と考えてみても何一つ解決できそうなことはない所か、謎が増えて終わった。
辛いし怖い。

「まぁ何にせよ、用心するに越したことはないな。」
「だなー。あー、帰りたくねぇー!」
「なになに、ジル帰りたくないの?俺と夜明けまで呑む?」

頭を抱えて机に突っ伏せば、呑気な、それでいて甘い色気を纏った声が頭上から聞こえた。
………これもまた、ここ半年近くですっかり聞き慣れてしまった声だ。

「なに、カヴェル………お前居たの?」

うんざりとした表情は隠すことなく伏せていた顔を上げれば、予想通りの人物が俺の隣のスツールに腰を掛けていた。
ちょっと垂れ気味な瞳と目尻に添えられた泣きボクロと最高にキマってるオールバックが特徴的なこの色男はカヴェルという冒険者で、半年近く前に突如として街に現れてここを拠点にした変わり者だ。

「今来た。入った瞬間ジルが帰りたくないとか喚いてるじゃん?気になって来ちゃった♡」

冒険者なんてしてるだけあってとんでもなくガタイが良いクセに、
甘いマスクって言葉はコイツのためにあるんだろうなって位顔もとんでもなく良いもんだから可愛こぶられても様になってるからムカつく。

ただでさえなんとも言えぬ恐怖で腐っていた俺の心が、今度は制御するのが難しい位のイライラを抱え始めた。
だってこの男、何が楽しいのか無駄に俺に絡んで来るんだ。
別に俺なんか相手にしなくても入れ食い状態のクセに、初めてこの酒場で会った時から一目惚れだのなんだのほざいては俺に絡んで来る鬱陶しい男。
なにが楽しいんだか。

「来るなよ。もう頭痛くなりたくないの。」
「頭痛いの?大丈夫?ポーション飲む?」
「高級品に対してジュースみたいな扱いをするな。」

ポーションは万能薬って訳じゃないしそんなに回復しないクセに高価だから、貴族か余程腕の良い冒険者位しか買えない。
………まぁコイツかなりハイランクの冒険者だから、それこそ浴びる程買えるんだろうなと思ったりはする。
誤解無いように言うが、俺がコイツがハイランクの冒険者なんだって知ってる理由は単純にコイツが自慢げにギルドカードを見せてきたからだ。

「そもそも精神的なものだからポーションじゃ治らねぇよ。」
「え?」
「お前墓穴掘るの上手ねぇ!」

俺の言葉に何故かカヴェルは驚愕の声を上げ、同僚は腹を抱えて笑い始めた。
二人の態度に一体なんだというんだと内心憤慨すれば、これまた何故かカヴェルから真顔で何があったと詰められる。

………色男の真顔、こあい。

教えろ教えないの無意味な問答を繰り返し、結局俺は色男の真顔というトラウマ級の圧に耐えられずに馬鹿正直に白状してしまった。
その間もどんどんカヴェルの表情が抜け落ちてきて、なんだか俺悪くないのに俺が怒られているような気分になってくる………。

「ジル、家に帰らないで。」
「は?なんでお前が………」
「花を贈るのにも意味があるって、知ってた?」

痛くないけどけして振り解けない力で手を握られながらそう言われて、俺は首を傾げた。
そういえば、花には意味があると習った覚えはあるけれど如何せん俺はあの麗しい元婚約者から花はおろか言葉すらろくに贈られなかった身だ。
最初は俺だけでもと心を砕いて贈っていた贈り物も、虚しくなって直ぐに辞めてしまったからその辺は学んだ端から忘れていった。

「今日置いてあった鉢植え、白の花って言ってたけど香りや形覚えてる?」
「えっと………なんとなく、だけど。」

特徴的な香りがした、百合とかとはちょっと違った形をした花。
一瞬だけしか見てないから曖昧だけど、それでも匂いも形も好みだったから印象には残った。
コップに付いた水滴を使って、記憶を頼りに指を動かす。
絵心は無いから分かるかは疑問だが。

「下手くそー。」
「うるせぇよ。こんなので、香りが特徴的だった。なんて言っていいか分からんが、でも百合とか薔薇とかは違うってことはハッキリ分かる。」

同僚の言葉は切り捨ててそう伝えれば、今度は何故かカヴェルの方が辛そうな顔をして小さく何かを呟いた。
一体なんなんだ、さっきから。

「………さっき、花にも意味があるって言っただろ?一番最初の一本だけの薔薇は【一目惚れ】や【貴方しか居ない】って意味がある。」

そう、なのか。
俺は他人事のようにそう思いながらも、背筋に何か嫌なモノが走って行くように感じた。
でもアレは落し物の筈だ。
きっと、だって―――

「今日届いたやつは多分ジャスミンの花だと思う。
異国の花で、生花だと入手困難な花だ。意味は【愛らしさ】とか【温順】とかあるけど、他には【貴方は私に相応しい】って意味もある。」

意味が分からない。
俺も同僚も、カヴェルの言葉に混乱しながらもゴクリと唾を飲み込んだ。
愛らしさも温順も俺には当てはまらない。
それに何が相応しいだ。
そもそも【私さん】よ、お前はどちら様だ。

「半年近く毎日って言ってたよね?
もしこれが恋情から来るものなら、その花達が全部恋情を現す意味を持っているのなら、ジルは本気で引越しした方が良い程だよ。」
「ま、まさか………俺だぞ?」

カヴェルの言葉を、俺は首を横に振って否定する。
正直な話、ほんの五年前まであまちゃんで世間知らずなお坊ちゃんであることを除けば、特に仕事が出来るわけでも出来ない訳でもない。
つまりは突出した所は何もない、凡庸極まりない男な訳で。
そんな俺に、誰が恋情を―――

「ジルは自己肯定低過ぎ。俺本気で好きだって言ってるじゃん。その時点でジルをそういう目で見る奴だって居るんだよ。」
「お前気付いてないかもしれないけど、この街でも数人お前のこと狙ってる奴居るぞ。」

カヴェルからも同僚からも怒ったような口調でそう詰められるも、イマイチ現実味が湧かない。
だって、俺はずっとずっと言われ続けてきた。
つまらない人間、地味で卑屈で、見ているだけでイライラすると。
誰も彼もが俺にそう罵声を浴びせた。
あの人だけは言葉にして言わなかったけれど、それでも態度で、視線でそう言ってたじゃないか。

「ねぇ、ジル。俺はまだジルのこと何も知らないけど、それでもジルのこと好きだよ。お願いだから今日は取り敢えず彼か俺の所に居て。」

カヴェルは自分と同僚を交互に指さしながら、懇願するような声色でそう言った。
正直、まだただの嫌がらせなんじゃないかって思いの方が強い。
でもそうであって欲しいと願ってしまう程の恐怖もあって。
結局俺は、ジルの言葉に頷くより他にはなかった。

「分かった。二人が迷惑じゃないなら俺は―――」







同僚と一緒に居る
カヴェルと一緒に居る



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