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最初は本当に、めんどくさい女避けのつもりだったんだ。
ヘイトを買ってくれさえいればそれで良いという、我ながら最低な理由だった。
けれども義務のように誘った月一のデートに嬉しそうに喜んでくれたり、
でも俺を気遣って距離を取って歩いてくれたり。
数時間で切り上げる暴挙に出ても、寧ろその数時間をくれてありがとうと礼を言われる。

そんな健気な態度を取られたら、幾ら好みのタイプじゃないし同性だしと思っていても絆されてしまう。
沢山我慢をさせて、傷付けたことは分かっている。
だから俺も俺なりに歩み寄ろうとしたが、彼はいつだって一歩引いていた。
プレゼントも形の残る物を渡すのも渡されるのも嫌がるし、
手を繋ごうと思って歩みを止めれば彼も歩みをとめてしまう。

―――もしかして、もう愛想を尽かされたのか?

そう思うが、俺が誕生日とか一応記念日とかにお菓子とかをプレゼントすると喜びを噛み締めるような表情をして何度も何度も礼を言ってくれるから、そうじゃないと信じたかった。

あの日も、そうだった。
俺がいつもの様にデートを誘い、本当に嬉しそうな顔でそれを受け入れてくれて。
迎えに行こうか?
いつもの様に聞けば、ううん大丈夫ですと困ったように微笑まれる。
これもいつもの事。
一度も彼を彼の家まで迎えに行ったことはなかったが、
それでも毎回必ず待ち合わせ場所に、律儀に十分前に居てくれるから安心しきっていた。
今思えば、その安心こそが大きな間違いだったのかもしれない。

「………侑士(ゆうし)?」

目の前に居た女性に、若干見惚れたのは事実だ。
多分、彼と………侑士と付き合う前だったら普通に好みのタイプだし可愛いしと何の遠慮も無くナンパしていただろう。
でもあの時見た女性よりも、俺は侑士の傍に居たいとしか思えなかった。
寧ろキッチンカーで買い物を終えたばかりなのであろう彼女が持っていた、
シンプルでシックな色合いの長財布が侑士にも似合うだろうと思って見ていた位だ。

どこで買ったのだろうか?
値段は?
あれならば侑士だって喜んでくれるんじゃないか?
これを機に俺の方から改めて告白して、【正しい恋人関係】にしても良いかもしれない。
そう思っていたのに、振り返った時にはもう侑士はどこにも居なかった。
一体どこに?
彼女が目を惹く程の美人だからだろうか、周りの声が騒がしく、そして驚く程に人が多い。
そう身長の高くない侑士が雑踏に呑まれてしまったら、すぐに流されていってしまう。
………でも、それを口実に手を繋げるかもしれない。

『今までありがとうございました。どうか、貴方の今後の人生が、
俺に踏み躙られた年月よりも長く幸せなものになりますように。』

そう思っていたのに、初めて侑士の方からメッセージを送られたと思ったら想像を絶するような一言が―――
なんで?
どうして?
意味が分からない。
俺は彼から踏み躙られた覚えなんて欠片もないし、何よりも彼が居ないと幸せになんかなれる筈がない!

俺は彼を探す足を止めずに、何度も何度もメッセージを送る。
それでも既読は付かなくて、ネット通話で何度も電話してみるけれど繋がらない。
もしかして、ブロックされている………?
取り敢えず、直接会って話をしよう。
そう思い、ふと気付く。

―――俺は侑士のことを、何も知らない。

交友関係も、職場も、住んでいる場所も知らない。
電話番号だって知らない。
だって、メッセージアプリさえあれば十分だったから。
でも、指先一つでこんなにもあっさり切られるだなんて思ってなかった。
呆然とする俺だったが、それはただ時間を無駄に使ってしまうだけだった。
それなのに、俺の時間はこの時で止まってしまっている。

『おはよう』
『今日は何があった?俺はね………』
『おやすみ』

あれから三年。
俺は毎日毎日、既読の付かないメッセージを送り続けている。
もはや日記帳となってしまっているトーク履歴は、それでもいつか、いつか必ず届くと信じて―――



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