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そこから不思議なことに、俺と銀山さんは互いの家を行き来する程の仲になった。
あの人を上げたことなんて一度もないのに、銀山さんはするりと俺の部屋に酒とつまみ持参でやって来てはのんびりと吞みながらほのぼのとした噂話をして俺の家に当たり前のように泊まり、着替えや私物も当然のように置いて帰って行く。
身勝手な、猫のような男だ。
けれども不思議と嫌じゃなく、気が付けば俺のかつての恋心の死骸の上に降り積もった雪のような喪失感はじんわりと解けて消えていた。

「愛と恋の違いって、何だと思う?」

いつものように、二人だけの飲み会。
今日は銀山さんの家が会場だ。
俺はゲイだよと何回かの飲み会の時に告げている。
黙ったままなのは失礼だと思ったし、騙しているようで居た堪れなかったから。
その時の返事は、「ふぅん。俺はバイだよ。」の一言だけ。
言うて互いに好みじゃなかったということもあって、俺は呆れたように溜息を吐くだけで話を流した。
おかげで、緊張しないでのんびりと他人の男性の家で過ごすことが出来ていた。

「いきなりなに?」
「ふと思ったー。」

不思議に思いながらも、俺は自分で作ったほぼお湯なお湯割りに口をつける。
使っているマグカップはこの間銀山さんと雑貨屋で選んだ揃いのモノだ。
そういえば、最近は銀山さんの部屋にも俺の私物が増えた気がする。
気がするっていうか、事実だけど。

「なぁ、なんだと思う?」
「んー………我慢できるけど我慢させてしまうのが恋で、我慢できないけどお互い様なのが愛、とか?」

あの人に恋をしていた頃、俺は我慢したけどそれ以上にあの人に我慢も負担も強いてしまっていた。
お互いが辛いばかりの、何の実りのないそれは今でも申し訳なく思っている。
そういえば、あの人はあの美しい女性と無事に幸せになったのだろうか。
なっていたら良いな。

「なにそれ。」
「個人の感想ってやつだよ。銀山さんはどう思う?」
「俺?俺はそうねー………」

自分から聞いてきたクセに、聞き返したらうんうんと唸りながら考え始めた。
今更かよとも思うが、ちょっと気になるので黙って待っていることにする。
暫くうんうんと悩んでいた銀山さんだったけれど、やがて思いついたのか、晴れ晴れとした顔で言った。

「家族って、愛じゃない?」
「家族愛ってこと?」
「うーん、そうじゃなくて。ほら、夫婦とかって恋よりも愛じゃない?情があるっていうじゃん。」

確かに。
俺の知り合いの女性は、もう旦那に恋はしてないけど愛してるから傍に居ると言ってたし。
そう考えると、家族ってそのものが愛なのかもしれない。

「………よし!踏ん切りついた!結婚しようぜ、下舘!」
「は?俺と、誰が?」
「俺とお前。」

意味が分からない。
混乱する俺に、銀山さんはニコニコととても楽しそうにそう言い放った。
どうやら彼の中で決定事項らしい。
なんでだよ。

「嫌?」
「嫌とかじゃなくてさぁ………なんでいきなりそうなったの?」
「いきなりじゃないよ。実は前から考えてた。」

コトリと小さな音を立てて、銀山さんは俺とお揃いのマグカップをテーブルの上に置いた。
前からって、一体いつからだろうか?
早いもので、俺と銀山さんは初めて会話した日からかれこれ三年は経っている。
別に付き合ってる訳じゃない。
でも、友人という訳じゃない不思議な関係。
俺はそれで満足だったんだけど、銀山さんは違ったのだろうか?

「お前が誰かに恋して、こういう時間が出来なくなるのは寂しいなっていう打算もある。」

それは、確かに。
俺も、もしも銀山さんが恋人を作ってこの時間や関係が終わったりしてしまうのは悲しいし寂しいと思ってしまう。
だからって、結婚はまた別の話な気がするけどね。
そう思ってると、銀山さんはひどく楽しそうな笑みで笑い俺の頬をぷにぷにと揉み始めた。
銀山さん、これ好きだよなー。

「な?結婚しようぜ。少なくとも、こうして三年も気兼ねなく過ごせる相手って貴重だと思うんだ。」
「確かに。」

確かに。
銀山さんは俺の苦手なグイグイ来るタイプなのに、俺は全然苦痛に感じないし寧ろこうして寂しさを感じてしまっている。
でも結婚したら離婚はそう簡単にはいかないよ?
ましてや同性カップル。
離婚なんて異性カップルでもあるのに、何故か同性カップルだってだけで【やっぱり】みたいな目で見られてしまう。

真面目に考えれば、断るべきだ。
俺達は恋人じゃないし、お互い好みのタイプって訳でもない。
それでも手放し難いなと感じてしまうのは、ただの執着かそれとも銀山さんが言う通りの【愛】なのか。
当たり前のように近付いてきた顔を、俺も当たり前のように受け入れる。
こんなこと、今までの三年間の中で初めてだったのに。
それでも何故だろうか。
俺にとって、銀山さんのこの行為こそが愛のように思えた。



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