―――早いもので、あれから数年。
あの後カナルディア伯爵令息は、【シルファは死亡した】という事実を持って国へ帰っていった。
別れ際に愛していると告げられたけど、【俺】は答えなかった。
『それはジルじゃなく、シルファに言ってあげて欲しかった。』
きっとシルファは馬鹿みたいに喜んだだろう。
そこから先に起こる理不尽も、その言葉を胸に死ぬまで耐えたと思う。
きっと【理想のシルファ】になれたと思う。
でもカナルディア伯爵令息はシルファに言ってあげることはなかった。
俺の言葉にカナルディア伯爵令息は苦しそうに顔を歪ませ、そうして二度と、俺達の前に姿を現すことはなかった。
今でも俺がやった事が間違っているのか、なんら意味の無い事なのかと考えることもある。
両親は貴族席を剥奪されて平民として慎ましく働いているらしく、当然苦労をしていると聞いて胸が傷まない訳じゃないから。
でももう過ぎてしまった時間はどう悔やんでも取り返しがつかない。
罪悪感はそのままに、俺は潰れずに歩くことを選んだ。
だってもう俺は―――
「ママー!」
「アメリア、どうした?」
駆け寄って来る少年を抱き上げる。
同年代の子よりも小さな体は俺に似てしまったのだろうかと少しだけ不安だが、それ以外は父親に良く似ていて親の欲目抜きにしても愛らしい。
正真正銘、俺が腹を痛めて産んだ子だ。
「パパがね、こんどロバートとあそぶのっていったらだめっていうのよ!」
ぷりぷりと頬を膨らませる姿があまりにも可愛らしすぎて笑ってしまいそうになるが、本人はとても真剣なので気取られないように真剣な顔をしてみせる。
それにしても困ったパパだ。
自分は結婚前に散々浮名を流していたくせに、我が子の幼くも淡い色恋は邪魔をしたがるのだから。
「ママもいって!パパにダメって!!」
「うんうん。でもパパも寂しいんだよ、アメリア。アメリアといっぱい遊びたいって。」
「このあいだあそんだもん。」
情に訴えてみるも、うーんバッサリ。
この無情非情っぷりは一体誰に似たのか。
俺か?
………俺だよなぁ?
「あ!アメリアまたママにチクって!」
噂をすればなんとやら………。
相変わらず………否、俺と結婚してますます色気が増した俺の旦那様、カヴェルが随分と慌てた様子で現れた。
未だに世の独身男性達の視線を集める程の色男だというのに、
家じゃ一人娘に振り回される子煩悩なパパなのだから、俺自身も当事者とはいえ、なんとも不思議なものだ。
「だってパパがいぢわるなんだもん。」
「いじわる言ってないよ。ただ男の子とふたりきりで遊ぶのはまだ早いの。」
「ふたりきりじゃないよ。アニタとエイトと一緒よ?」
「ダブルデートじゃないか!ますますダメだよ!」
ますますってなんだよ。
あまりにも理不尽で必死な言い分に、やっぱりいじわるだとアメリアが喚いて案の定喧嘩になりだす。
なんともなんとも、ほのぼのとした親子喧嘩だと笑ってしまう。
「ママ!ママも言ってよ!」
「ジル!ジルもダメだと思うよねえ!?」
俺を挟んでぎゃんぎゃんと騒ぐのがうるさくてでも幸せで。
俺の自分勝手さのせいでこの足元に想像を絶する程の犠牲があるのは分かっているけれど、それでも俺は、この幸せを死ぬまで抱きしめていたいのだ。
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