―――それから早いもので五年の歳月が経った。
シルファ………名を改めジルは美しい朝日に目を刺激されながら、のんびりと伸びをした。
今ジルが住んでいる場所は隣国の小さな田舎町だ。
そこにある小さなオモチャ屋の事務員として、ジルは働いていた。
金も戸籍も無い異邦人の自分を、まるで犬猫を拾うようなノリで拾ってくれた親方には感謝しかない。
「さて、今日も一日頑張るか。」
頑張るという言葉は変わらないのに、貴族時代よりもやる気があるように感じてしまうのは何故だろうか。
あの人に相応しい人間になれるように努力して努力して、それでも足りなくて、苦しくて………。
「(今は、息ができる。)」
頑張るという言葉が重荷だった。
愛が俺の呼吸を塞いだ。
嫉妬が俺の手足を腐らせた。
結局の所、俺は本当にあの人を愛していたのかすら定かではなくなる程に穏やかに暮らせている。
もっと未練で死にたくなるかと思っていたのに、なんて。
苦笑しながらさて仕事に向かおうかと家を出て、ジルは視界に入ったものに小さく息を飲んだ。
「また………」
ドアを開けてすぐに置いてある鉢植え。
邪魔にはならないように………けれども確かに存在感を出すように置かれたそれはけして俺が置いた物ではない。
ではそれなのに何故こんな所に置いてあるのかといえば、ここ数ヶ月、
もう半年近くになるんだが、誰かが分からないがここに鉢植えや花束………とにかく花を置くようになったのだ。
最初は誰かが間違えて捨てたのかと思った。
置いてあった花は赤い薔薇が一本だけで、今みたいに花束でも鉢植えでもなかったから。
綺麗にラッピングされてるから流石に落とした訳ではなさそうだけど、
振られちゃって捨てたか貰った人が捨てたのかとのんびり考えて職場に持って行って事情を話した上で奥さんにあげた。
めちゃくちゃ喜ばれたけど照れ隠しに背中を一発打たれた。
痛くなかったけどめちゃくちゃ良い音がしたので、俺達の中では奥さん実は女王様でスパンキングのプロなのでは説が出た。
でも次の日は花束だった。
花にそんなに詳しくないから何の花なのか分からなかったし覚えてすらないけれど、なんとなく、気持ちが悪かったのだけは覚えている。
それが一週間、二週間と毎日続けば流石に嫌がらせか何かなのでは思った。
もう五年経っているといえ、俺がどこから来たのか分からない異邦人であることは変わらない。
この街の人達は親切だけれど、もしかしたら俺が気付いてないだけでやっぱり不満に思ってる人達も居るんじゃないかと。
そして今日は、なかなかに大きな白い花の鉢植えが一つ。
良い匂いだけれど、置く場所もないし困る………。
俺はそっと溜息を吐いて、その花を見なかったことにした。
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