4-2

婚約破棄騒動を起こすまで、私もチャッキーも耐え忍ぶ毎日だった。
女の子と話し合ったあの日の後、何故か婚約者さんの監視が強くなったのだ。
手帳に書かれたイベントは他の人達にも沢山起きていたけれど、どうしてかあの人には何一つ起きてなくて。
その代わりなのかなんなのか、お説教みたいな、お小言みたいな、そんな事を言われる時間が増えた。
チャッキーも何もしてないのに嫌味をいっぱい言われてイライラしていた。
元々苦手だったあの人が、ますます苦手になっていた。
それでもやっと、こうして自由に近付けた。
一人の女と一人の男の人生を犠牲にして。
私はそれをけして軽視しないけれども、悲観も後悔もしていない。
だって、私は生きたかったのだ。
前世みたいに心を殺して存在を殺して生きていくんじゃなくて、もっともっと笑ったり泣いたりしたいんだ。
だからもう一度、生まれ変わりたかった。

「こんにちは、おばあちゃん!」
「おや、久しぶりだねぇアリサ。」

馴染みの質屋に入り、店主のおばあちゃんに抱きつく。
店主のおばあちゃんは優しくて厳しくて、本当のおばあちゃんだったら良かったのにと何度か思った事もある。
けれど彼女とも今日でお別れだ。
この周辺には近寄れない。

「おばあちゃん、髪売りたい。」
「………そうかい。分かったよ。」

私の言葉に、おばあちゃんは悲しそうに笑って店の奥へと案内してくれた。
ごめんね、おばあちゃん。
言葉には出さずに、おばあちゃんの後を追う。

「キレイな髪だからね、高く買うよ。」
「ありがとう。頑張った甲斐があった。」

髪だけは、綺麗にしてきた。
【アーリア】の魂を込めるように、果実油で手入れをして丁寧に櫛をいれ続けた。
でもそれも今日でお終い。
【アーリア・ヴィステント】は、本日を以てその命も魂も終えて端金へと代わる。
それが【アーリア・ヴィステント】の真の価値なのだ。
軽快な鋏の音が静かな空間に響き、それと同時に頭がどんどん軽くなっていく。
背負っていたものがバラバラになって落ちていって、やがて顎下のラインになった頃、漸く【アリサ】が顔を覗かせた。

「おばあちゃん」
「なんだい?」
「ありがとうね。」

此処にはもう来れない。
きっともう、おばあちゃんと会うことは出来ないだろう。
折角殺して逃げ出したのに、そんな危険は犯せないから。
その事はおばあちゃんも察してくれているからか、何も言わず私をギュッと抱き締めるとお金が入った小袋を握らせてくれた。

「生きなさい。」
「うん、生きるよ」

その為に、殺してきた。
店の入口で黙って見ていたチャーリーが視線で急かしてきたので、名残惜しいけれどもここでお別れだ。
おばあちゃんの背中を優しく叩いて離れると、もう振り向く事なく走り出す。
挨拶は言わない。
さよならもまたねも、どちらもきっと違うから。

「短くなったな。」
「うん。さっぱりした。でもバランスが取りにくい気がする。」

涙は笑いで誤魔化して、チャーリーに馬に乗せてもらう。
そう言えば、この後何処に行くかは決めてなかった気がする。
でもチャーリーは何も言わないから、きっともう目的地は決めているんだろう。
だから私も何も言わない。
何処に行きたいとか、そんな要望私には無い。
どこもかしこも新しい場所で、どこもかしこもワクワクする場所なのだから。

「ひろいねー」

世界も世間も。
きっと私が思ってるよりも狭くて、でもきっと思ったよりも広い。
私は知らなかった。
前も今までも、知る事は許されなかった。
でももうこの広い世界に、一人の人間として埋もれていいのだ。
キラキラと太陽が輝く青空を見上げる。
前世で私が最期に見た青空に似て、すごくキレイな青空だった。



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