自分で言うのもなんだが、俺は何でも持っていた。
誰もが羨むような容姿も、富も権力も頭脳も。
努力しなくても大抵の事はなんでも出来たし、女からも男からもモテていた。
下衆な言い方をすれば勝ち組と呼ばれる存在なんだろうが、だからと言って心が満たされることは一度もなかった。
言い寄ってくる存在とセックスをしても、肉体的な快感しか得られなかった。
相手が女だとしても男だとしても、虚しさは変わらない。
アセクシャルなのだろうかと真剣に悩みもした。
けれどもそんな悩みを吹き飛ばしたのは、【彼女】との出会いだった。
『どうでしょう、この娘は。』
ニヤニヤと汚い笑みを浮かべながら、取引先の男が連れて来た小汚い女。
幼い子供と見間違う程に小さなその女は、今年で18歳になる男の実子らしい。
何をしても悦びますよと笑うが、コイツは俺を何だと思っているのだろうか。
人間をサンドバッグにする趣味は無いと言うのに。
『………分かった。暫くの間、買い取ろう。』
それは気まぐれだった。
金なら腐る程ある。
小娘一人の時間を買ったところで痛くも痒くもない。
俺は彼女を買い取ると、半ば追い出すように男を帰した。
彼女は蹲り、じっとして動かない。
きっとそれが彼女の処世術なのだろう。
動かずに暴力や暴言が過ぎ去るまで待ち続ける。
そうする事しか、出来なかったのだろう。
それは何とも愚かな考えで、また、哀れな考えでもあった。
臭う程に汚れた彼女の体を抱き上げ、風呂場へと運ぶ。
18とは思えない程に軽くて小さい身体。
生きているのか疑ってしまう程に冷たい体温は、俺に生まれて初めての感情を与えた。
―――守らなければ、彼女を。
俺だけが、それを出来るのだと思った。
だからその為には、彼女をこの場所に閉じ込めなければいけない。
外に出したら、きっと彼女は無様に死んでしまうから。
結局この翌日、俺はあの男に追加の金を払い完全に買取ると、彼女の小さく痩せた身体を貪った。
生まれて初めての、私だけの存在。
子供が作れる身体なのかは分からなかったけれど、念の為に避妊をして行為に溺れた。
子供が欲しくない訳ではなかったが、作ってしまっては二人だけの時間がなくなってしまうから。
しかし困った事に、彼女の身体は脆かった。
ほんの少し力を入れただけで、栄養失調気味の身体は簡単に折れてしまう。
力加減を覚えるまでに何度も骨折させてしまったのは本当に申し訳なかったが、それでも俺と彼女は深く愛し合った。
日本で成人を迎えるのは20歳からだから、20歳になったら結婚しようと約束をした。
彼女は目を潤ませて喜んでくれたから、俺も嬉しかった。
彼女の誕生日まで後2年。
待ち遠しくて仕方なかった。
それは彼女も同じだったようで、20歳の誕生日が目前に迫るとソワソワと落ち着きがなくなって、外に出たがるようになってしまった。
この間ウェディングドレスを仕立てた時に外に出た事が余程楽しかったらしい。
デートの誘いは嬉しいけれども、結婚するまでは完全に俺のモノではないのだから他の男達の目に彼女を映すのが嫌だった。
だから結婚式まで我慢して欲しいと言ったのに、隙を見て出ようとするから片足の骨を折って大人しくするように言い含めた。
俺のモノになったら、一緒にデートしようとも。
彼女は泣いて喜んでくれた。
結婚式当日、彼女が20歳になった日。
俺は彼女を連れて式場へと向かった。
天気が良かったから、ホテルから式場まで彼女の乗る車椅子を押して歩いて行く事にした。
けれどこれが、大きな間違いだった。
突然彼女が車椅子から転がり落ちたと思ったら、走り出したのだ。
折れた足が痛いだろうに、無理矢理に動かして。
俺は急いで彼女を追いかける。
人通りが多過ぎて直ぐに追いつくと思ったのになかなか追いつかず、
逆に彼女は小さな身体をキレイに滑り込ませてどんどん先へと進んで行く。
危ないのに、何故………!
必死に名前を呼ぶも、彼女は振り向かない。
聞こえてない筈がないのに。
両足を折っておけば良かったと、後悔するけれどもう遅い。
彼女の姿が雑踏に塗れて見えなくなってしまった。
それでも必死に人ごみを押し退けて彼女を探していたのに………
「アリ………サ………アリサ!アリサ!!」
次に見付けた時、彼女はもう物言わぬ死体になっていた。
胸から血を流し、青白い顔で目を閉じている彼女を女性警察官が抱えていた。
俺は周りの人間達を押し退けて彼女に駆け寄り、警察官から彼女を奪い取って何度も何度も名前を呼ぶ。
けれどももう、彼女が俺を見ることはなかった。
警察官が追っていた連続殺人鬼が、彼女を刺して逃げたらしい。
犯人は未だ捕まらない状態で、あの雑踏に紛れて姿を消したらしい。
なんて役に立たないんだ。
早く捕まえていれば、あの子は死なずに済んだのに!
お前らが死ねば良かったんだと吐き捨てて、俺は彼女の遺体を無理矢理に引き取って警察署を後にする。
彼女と共に家に帰って、血塗れの洋服を脱がせる。
丁度直ぐに届けるように伝えていたウェディングドレスが家に届いたので受け取って、まるで人形のようになってしまった彼女に着せていく。
化粧を施してやれば、まるで寝過ごしているだけのようにしか見えなくて。
けれども胸に手を当てても鼓動も呼吸も感じない。
その事実が嫌で嫌で。
俺は泣きながら彼女を、妻となる筈だった彼女を犯した。
20歳になったのに俺のモノにはならない彼女が、憎らしくと愛しくて。
警察よりも先に、彼女をこんな目に遭わせた犯人を殺してやろうと誓った。
チャーリー・メイソン。
巫山戯た殺人鬼。
アイツには死を希う程の苦しみを与えてやる………!
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