「………ぶえっくしょい!やぁ………」
「God bless you………ってか汚ぇし余韻もデケェよ。口閉じてクシャミしろや、おっさんか。」
こいつホント一言二言多いなと思いつつ、鼻をすする。
ただいま街を出て馬上にてニケツ中。
行先はまだ後10キロ位先にある隣街の質屋だ。
今日この日まで大切に手入れしてきた髪を売って、活動一時金に充てるのだ。
まあアーリア時代にコツコツと【アリサ・メイソン】という名で低級冒険者の真似事して貯めたとは言え、金はあって困るものではないからね。
てか意外と寒いのね、馬上って。
「髪売るなら全部売るなよ。せめて肩までにしとけ。」
「全部は売らないけど顎下まで売るよ。邪魔だしね。」
ついでに後ろは少し多目に売ろう。
【アリサ・メイソン】の【お兄ちゃん】であるチャーリーには悪いが、肩までとか結ぶにも短くて逆に面倒だ。
やれやれと言った感じの溜め息が聞こえたが、無視だし無視。
「質屋に行った後不動産屋行こうね。赤い屋根の大きなお家が良い。」
「赤い屋根にしてやるが大きなお家は諦めろよ。お兄ちゃん貧乏なの。」
ケラケラと笑いながらそう言うチャーリーに、嘘を吐けと今度は私が溜息を吐く。
短期間で上級冒険者に上り詰めたチート転移者である彼が貧乏なら、世の中の冒険者は皆貧乏だ。
そんなチート転移者チャーリーとの出会いは、10年程前に遡る。
物心ついた時には自分が転生者であり、前世ではか弱い少女(笑)であった事を思い出した私は正直詰んでいた。
もうこの頃には両親による【区別】が始まっていたのだ。
そして私自身にはなんのチート能力なんてない。
魔力値も平凡で、生活魔術を使うのでいっぱいっぱい程度の才能。
何よりも、私はよりにもよってある欠点を前世から持ってきてしまったのだ。
他人の顔が全部同じに見えるという、ある意味幻覚じみた欠点を。
認識できない訳ではない。
時間さえかければ、ちゃんと認識出来る。
でもその時間も何年単位のものだし、そもそも顔が同じに見えるせいで名前も覚えられない。
これは貴族にとって致命傷とも言える欠点だ。
殺されなかっただけ、良しとする位の。
とは言え生き残るというのもなかなか難しい話ではあった。
如何せん、味方が居ないのだ。
味方という味方は居なくても、せめて殺さないと信用出来る人間が欲しい。
欲を言うなら何かあった時に笑いながら共犯者になってくれる………そう、朋が欲しかったのだ。
無いものは強請らず探そう精神で生きてきた。
前世も、そしてこれからも。
私は思い立ったら吉日と言わんばかりに、6歳になった頃、監視すら置かれない無価値な存在なのをいい事にそっと屋敷を抜け出した。
人これを考えなしとも言う。
当てなんて何もない。
殺されるかもしれない。
でも何故だろうか。
私はこうするべきなんだと、魂が叫んでいたのだ。
導かれるように走る路地裏。
やがてスラムの一角に差しかかろうかとした時に、突如目の前に現れたのだ。
ナイフを握りしめた、傷だらけで息も絶え絶えな少年とも青年ともしれない彼が。
転移者という存在が、この世界にはある。
迷い人とも呼ばれるその人間達は、ここではない別の世界で生きていたにも関わらず突如この世界に現れるらしい。
恐らくはこの彼も転移者だ。
じゃないと突然現れた意味が分からないし。
そしてきっと、恐ろしいまでの膨大な魔力を持っている。
命の灯火が今にも消えようとしている彼は、それでも私を認識すると目にすることも出来ない速さで私を押し倒し、ナイフを突きつけてきた。
「………誰だ、テメェ………」
蝋燭は、消える瞬間が一番激しく燃える。
当時の私には彼がどんな顔をしているのか分からないけれど、それでもその灯火はとても美しいと感じた。
だから私は彼というよりも、その美しい【命の灯火】に手を伸ばしたのだ。
「ねえ、私と一緒に地獄に堕ちよう。」
恐怖なんて不思議と感じなかった。
感じたのはときめきとかわくわくとか、そんな子供みたいな感情で。
彼がどういう存在で、どういう人生を生きてきたかなんてまるで分からないし、正直興味がない。
何度だって言うが、私が欲しいのは味方じゃない。
共に地獄へと笑いながら堕ちてくれる、朋が欲しいのだ。
「私は生きたいから、私と共に死のう。」
「………生きたいのにか?」
「そうだよ。生きたいから、死ぬの。そうして地獄で笑いながら生きるんだ。」
彼は意味が分からないといった顔をした。
そうだろうね。
私だって言いながら理解している訳だし。
私はこのクソ雑魚貴族のままで一生を終えたくないし、飼い殺しにされたくもない。
アーリアのままで生きる未来の先に【生】がないのならば、私は【アーリア】を殺して【愛梨沙】として生きる。
でもそれは私一人の力では無理なんだ。
「従えとは言わない。私を見限ったのならば殺して良い。でも、その日が来るまで私の朋として笑って、私の魂の名を聞いて欲しい。」
「Friend?」
私の精一杯の厨二病いっぱいの告白は、鼻で笑われる。
待ってくれ、若干ニュアンスが違う。
「友達じゃない。えっと、なんて言ったら良い?日本語難しいな………共犯者!そう、共犯者だ!」
「誰殺すんだ?」
「だから私だっつってんだろ。耳ついてんのか。」
私の言葉に彼は思いっきり眉根を寄せてナイフを近付けてきた。
人の話は聞かないし、直ぐ殺そうとするな。
凶暴だし横暴だ。うん、やはり朋に丁度良い。
「簡単な話。私は私の為に君を利用したい。そして君も生きたいだろう?だから私を利用して欲しい。」
「俺を懐に入れようってか?」
またも鼻で笑われる。
抜き身の刀をそのまま懐に入れろと?
何それ、すごく、すごく!
「「面白いじゃないか」」
ピッタリと揃った声。
漸く目が合った気がして、嬉しくなって笑う。
寝転がったまま手を伸ばせば、今度こそ彼は私の手を取ってくれた。
「俺はチャーリー・メイソン。お前を殺し殺される者だ。」
「私はアーリア・ヴィステント。貴方に殺され殺す者よ。」
こうして私は自分の本能に従った結果、予想外にもチート級最強執事を手に入れてしまったのだ。
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