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騒がしいパーティー会場を後にして、私は凛々しく胸を張って馬車へと向かう。
けして走ったりなんかはしない。
まだ誰が見ているかは分からないのだから。

「おかえりなさいませ、お嬢様。」
「………邸へ。急いで頂戴。」

私専属の執事が恭しく頭を下げながら馬車の扉を開けるので、遠慮なく乗り込んで扉を閉めさせる。
私の言葉に御者は返事をする代わりに舌打ちをし、雑に馬を走らせた。
貴族に仕える者とは思えない態度だが、私にとってはいつもの事。
家にとって私は、その程度の価値しかない。
美しくもなんともない、平凡な見た目。
特に秀でた能力もない、平凡な中身。
そして貴族には致命的とも言える欠点。
母も父も私には何も期待はしてないし、寧ろ視界にすら入れたいと思っていないだろう。
優秀な兄と、美しくもポンコツでそこがまた愛らしい妹。
それだけが、あの二人にとっての実子なのだ。
まるで安いボロ馬車に乗っているような揺れを感じながら、窓から街を見つめる。
日がゆっくりと落ちつつある時間。
人通りは無い。
それもそうだろう。
最近ここは、誘拐だの殺人だの悪い噂が絶えない。

「良いよ、チャッキー。」

隣に控える執事に、薬品を染み込ませたハンカチを渡す。
ちょっとした栄養剤だ。
まあ、脳みそが元気になりすぎて幻覚が見えちゃう副作用はあるけど仕方ない。
良いお薬に、副作用は付き物なのです。

「なかなか楽しかったけどな。」

そう言ってチャッキーは静かに扉を開け、軽やかに御者台へと乗り込んでいく。
私はその隙に立ち上がり、座席を外した。
荷物入れとなっているそこには、チャッキーのマジックバックが一つと………

「あら、起きてたの。寝たままの方が良かったのに。」

縛られて猿轡を噛まされている、全裸の女が一人。
最近入ってきた新人メイドさんだがなかなか面白い女で、堂々と私の私物を盗んだり虐げてきたりした。
これは逆に使えるのでは?背格好も似てるしとチャッキーと今日という特別な日まで大事に優しく育てて、
今日だって睡眠薬に睡眠魔法まで重ねて優しくしていたのだが。

「時間かけすぎたのかな?ごめんね?」

あのー………えーっとあの人………誰だっけ?
今日名前呼んでないから忘れてしまった。
あの、私の婚約者の人。あの人が無駄な質問ばかり重ねるものだから、余計な時間ばかりかかってしまった。
時間は有限だと言うのに。

「起こしたのか?」

御者にいい夢を見せながら馬車を巧みに停めたチャッキーが車内に戻ってくる。
執事の皮を捨てたその顔は呆れ顔で、さては私が起こしたと思っているなとこれまた令嬢の皮を捨てながらムッとした顔をする。

「違うよ、起きちゃったんだ。」
「時間掛けすぎたか。急いで着替えてとっとと退け。」

チャッキーの手がメイドの前髪に伸びているのを横目で見ながら、私は恥じらいもなく服を脱ぎ捨ててメイドから奪った服を急いで着込む。
おっ、良い服着てるじゃないの。
さては私の私物を売っぱらった金で買ったな?
メイドの叫び声にならない呻き声と、ぐちゃぐちゃと肉を破壊する音をBGMに靴もしっかりと履いて馬車から降りる。
チャッキーが結界を張ってくれているおかげで人の気配は全く無いが、それだって長く続くものじゃないし誰かしらが違和感を覚えてしまうだろう。

「………さて。嗚呼、あの穢らわしい約立たずなお嬢様が降りてくるよ。
あれだけ途中下車はいけないと言っているのに、あのお嬢様はワガママで本当に言う事を聞かない。」

ぼんやりと御者台に座り込む御者の横に腰掛けて、ゆっくりと御者の耳に言葉を吹き込む。
いい夢を見ている最中の現実ほど、嫌なものはない。
最後まで自分が殺りたいと主張するチャッキー揉めたけど、大事なのは【御者がお嬢様を殺した】という事実だ。
偽装しても実感がなければいずれ綻びが生じてしまう。
ヴィステント侯爵家の御者が、ヴィステント侯爵令嬢を殺した。
恐らくは行方不明となっている、メイドと執事との三人で共謀したのだろう。
その【事実】だけは揺るがしてはならないのだ。

「これを使いなさい。」

そう言って私はスコップを御者に渡した。
主人を害さぬように、ナイフなどの刃物は護衛でもない使用人が気軽に持てるものではない。
しかし【園芸を趣味としている】この御者がスコップを持っていたとしても、何一つ不自然な事などない。

「無防備な腹を抉って、痛い目に遭わせれば良い。そうすれば旦那様も褒めてくださるさ。」

ホントに褒めるかどうかは知らんけどな。
まあとにかく【約立たずのアーリア・ヴィステント侯爵令嬢】を残忍に殺してくださいな。
御者台から降りれば、丁度チャッキーが【アーリア・ヴィステント】を馬車から叩き出した所だった。
顔を何度も殴られた上に炎魔法で焼かれたらしい、すっかり醜くなってしまった顔で化け物じみた声を上げて這いずっている。

「ほら早く、逃げてしまうよ!」

急かしてやれば御者は慌てて台から飛び降り、スコップ片手に【お嬢様】に襲いかかった。
………うーん。
発案しておいてなんだけど、なかなかにシュールな光景だな。

「お、スコップ使いが上手じゃねぇかアイツ。」
「そーねー。園芸が趣味らしいし。」

ケラケラと笑いながら車内から降りて来たチャッキーは、御者に腹を耕されている【お嬢様】を軽く蹴飛ばしながら私の方へとゆっくり歩いてきた。
これから馬を盗んで、めくるめく逃避行だ。
【お嬢様】に抑圧されたメイドと執事の愛の逃避行。泣けるねぇ………!

「さて、元アーリア・ヴィステント。俺と共に地獄に堕ちる者。お前の魂の名は?」

馬車と馬を離しながら、チャッキーが悪魔のような笑みで手を伸ばす。
出会った時とは逆だなと思いながら、私はその手を取った。

「私と共に地獄に在る者、チャーリー・メイソン。私の魂の名は桝元亜梨沙よ。」



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