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おかしい、おかしい、おかしい!
どうして?
どうして康介は俺ではなく蘭なんかの手を取ったんだ!?
こんなにもこんなにも俺は………なのに!

あれから康介の家でずっとずっと待ってたけど、康介は帰って来なかった。
部屋を漁ってみれば、康介がいつも丁寧に手入れして着ていたスーツも、手入れ道具一式も何一つ無かった。
やられた………康介は最初から今日もアイツの家に泊まるつもりだったのか………これは浮気だろう!?
失意の中取り敢えず家に戻り、とはいえ当然不安と悲しみで寝付けないまま朝を迎えてしまう。

………仕事に行きたくない。

子供みたいな思考が一瞬頭を過ぎるが、だが、会社に行けば康介に会える。
ちゃんと聞こう。
別れたくない。
言い訳次第では、浮気だって許してあげる。
今回だけだけだが。
そう思いながら出勤したら社内………というよりも、営業部が特に騒がしい。
なんだ………?
何故だかは分からないが、ひどく嫌な予感がする。

「なぁ、おい!蘭マジかよ!」

蘭とよくつるんでいる男が、かなり慌てた様子で駆け寄って来た。
………と、いうか蘭もう来ているのか?
普段俺よりも遅いクセに?

「うるせぇ、なんだよ。」
「お前、管理部の藤代と付き合ってるってマジかよ!」
「………っ!」

今、コイツなんて言った?
誰と誰が、なんだって?
そんな筈はない………そんな筈はない!!
そう叫びたいのに、周りの人間がどんどん蘭に真偽を確かめようと集まってくる。

「藤代ってあの根暗の?」
「根暗言うな。人見知りがアホみてぇに激しいだけだ。」
「本気で付き合ってんの!?何年?」
「本気じゃねぇのに付き合えれるかよ。まだ二ヶ月。」

わらわらと集まって来た野次馬達が、矢継ぎ早に質問をする。
蘭は楽しげにニヤニヤと笑いながらも、それに一つ一つ答えていく。
聞きたくもない。
でも、体は自然といつものように自分のデスクに腰をかけていた。

「いままでやった喧嘩は?」
「なぁ、お前らなんでそんな喧嘩する前提なんだよ。した事ねぇよ。」
「したことない!?蘭が!?」
「アンタ私とは付き合って一週間で喧嘩三昧だったじゃない!」

キャンキャンと女の叫ぶ声が聞こえるが、それはお前の性格が悪いからだろうとは思った。
評判の悪いあの女と蘭が付き合い始めた時、
プライドの高いクズ同士だからお似合いだろうと誰もが思ったが、
二ヶ月足らずで別れた辺り、流石の蘭でも無理だったかと誰もが笑っていた。

「お前と康介を一緒にすんなよ。康介は受け入れてくれるし褒めてくれるし、ダメなことは理由と一緒にダメだって言ってくれるからな。」
「ベタ惚れじゃん。」

他人の人生をあれこれ構うのは好きではない。
ドラマや映画も、ある種他人の人生を覗き見ている気がして好きじゃない。
結構仲の良い弟はアホみたいに映画が好きだが、
そこだけはどうにも合わないと思う程には、映画というものの良さがそもそも分からない。
それと同じように、噂話も他人の話を盗み聞くのもまた、好きじゃない。
だというのに、聞き耳を立ててしまうことを止められない。

「開き直ることにしたからな。」
「ドヤ顔で言うなよ………てか二ヶ月ってことはアレかー、あの時メールのやり取りしてたのも藤代?」
「ああ。映画行く約束してた時な。」

デートで映画なんて、つまらなかったろう。
可哀想に。
浮気相手のクセに、康介を満足させてあげることもできないのか。
やっぱり俺の方が―――

「俺も康介も映画好きだから、めっちゃ話盛り上がったんだよ。
今も休みの日も俺ん家でずっと、俺のコレクションの中から康介がチョイスした映画観て過ごしてるしな。」
「えー!耀司、映画好きだったの?教えてくんなかったじゃん!」
「俺が映画観てぇって言ったら拒否ってたのお前だろうが。」

ぎしりと、軋んだのは心か、或いは噛み締めた歯か。
知らなかった。
康介が映画好きだなんて、知らなかった。
俺と一緒で嫌いだろうと思ってた。
そう、思い込んでいた。
ぎしりと、またどこかが軋む音がする。

「アイツと居て楽しい?暗くね?」
「普段はそうでもない、つかめっちゃ表情変わるしめっちゃ笑う。ちょいちょいワガママ言うしな。」

知らない、知らない、知らない!
そんな彼は知らない。
俺の中の彼は、あの日のように………!

「めっちゃ可愛い。」

幸せそうに、蘭が笑う。
俺の康介なのに!と叫びたかったが、本当に、俺のだったかと疑問の声が頭の中に響く。
俺の、俺の愛しい人。
それはあっている。
でも、でも………



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