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当日、俺はガラにもなく浮かれていた。
多分、今までの女としたどのデートよりもそっけないものだが、それでもお気に入りの………
気に入り過ぎてここぞという時にしか着けたくないと思っていた腕時計を引っ張り出してしまう位には楽しみにしていた。

今回行くのは県庁所在地もある地域の映画館………
ではなく、人が少な過ぎていつ潰れるか分からない程だが席数だけは県内一ある映画館だ。
デートの時に連れて行くことはまずないんだが、指定席が当日だろうがめちゃくちゃいい席が取れるそこは、
まぁ康介ならば気を遣わなくていいかと思ったのと………康介ならば喜ぶだろうと思ったからだ。
まぁ喜ぶも何も、アイツもよく行く映画館だったんだけどな。

『今から出るね』

スマホが震え、康介が愛用している見た事ない謎の鮫のスタンプと共に簡素なメッセージが届いた。
スタンプとか使わないか、もしくはオタ臭いスタンプ使うかと思ったら、
意外と普通に汎用性高そうな動物系のスタンプ使うんだよな、コイツ。
了解の返信だけして、俺も家を出る。
劇場はアイツの家の方が近いが電車だから、
結局車で行く俺とほぼ同じ時間に着くことが昨日話してて発覚したから、思った以上にのんびりできた。
軽く伸びをしながら車に乗り込んで、もはやナビ無しでも行ける劇場へと向かうためにエンジンをかけた。

それにしても、アイツもあの映画館を使ってたんだな。
もしかしたら気が付いてないだけで、俺達はすれ違ったこともあるのかもしれない。
こんな事を俺が思いついたからこうして関わっているけど、そうでもなければ俺にとっても康介にとっても互いに興味のない存在だった。

でもこうして数日を警戒心も緊張感も無しに話してみて、もっと早く関わっていれば良かったと思わないこともない。
今まで関わってきた奴の中で一番話が合うし、何より話していて楽しい。
もっと早く会えていたら、もっと早くこの楽しさを味わえたんだろうなと思う。
けれどももしそうだとしたら、俺はきっとアイツがゲイだと知らず、アイツもまた俺にそれを隠して友人としての付き合いになるのだろう。
俺は昨日みたいな表情を見ることなく、康介は俺の知らないところで俺の知らない奴にそれを見せ続ける。

「………気持ちわりぃ」

至って当たり前なその光景に吐き気が込み上げ、俺は知らず知らずの内にハンドルを握る手に力を籠める。
アイツの好きな相手は俺じゃないし、俺もアイツに惚れてなんかいない。
だから友人でも良い筈なのに、それは嫌だと心が悲鳴を上げる。
でもそれはきっと今の俺が友人じゃないから、そう思えるだけだろうと思いたい。

誤魔化して何が悪い。
所詮は三ヶ月限定の恋人。
いずれ手放さなければいけない存在なんだし、そもそも俺は惚れて付き合って欲しいと頼んだ訳じゃない。
あの男の絶望した顔を見れればそれで満足な訳だし、俺自身も長く付き合うつもりなんてない。
そうだろう?

誰に聞くわけでもなく、強くそう思い込む。
気持ちを切り替えろ、俺。
そもそも康介とはまだ知り合ったばかりだから嫌な面を何一つ知らないだけだし、
まだデート一回目だがもしかしたらボロを出してくるかもしれないだろう?
その時まで考えるな。
今じゃない。

『ねえ、耀司くんお願いあるんだけど』
『ブラインド特典二種類あるじゃん?』
『Bの方が欲しいからもし君がBが出て僕がAだったら交換して欲しい』

そんなことを考えていたらスマホが小刻みに震えだしたから何かと思って信号待ちついでに開くと、なんともワガママなオネダリが送られてきていた。
コイツ、俺もBが欲しいってなったらどうするつもりなんだ?
まあ俺が欲しい方はAだから丁度良いと言えば丁度良いけれど。

『俺はAが欲しいから構わんぞ』
『出たらの話だけどな』

信号が青に切り替わってしまう前にさっと返信をしておく。
好きなモノは重なるけれど、欲しいモノは重ならない。
こういう面も気が合うといってしまっていいのだろうか。

『ありがと!』
『最高!優しい!大好き!』

俺が今まで受けてきた賛辞の中でトップクラスの都合の良い大好きに、今度は笑いが込み上げてくる。
信号が青に変わってしまったので暫くは返信が打てないから残念だとは思うが、次の信号待ちのタイミングですぐさま返信しようと内容を考える。
真に受けたフリをするか、からかうか、馬鹿にするか。
それともいっそ俺も好きだと便乗してみるか。
それに対して、康介は落ち合った際にどんな反応を見せるのだろうか。

そんなことを考えながら運転していたら、気が付けばさっきまで感じていた無意味な不安はすっかり飛散していた。



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