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待ち合わせ時刻の十五分前という完璧な時間に、俺は無事に映画館へと着いた。
映画館直通の駐車場があるから、めっちゃ楽なんだよな。
人少ねぇから高確率で出入り口の一番近くに停めれるし。

『着いた』
『早い!僕今エスカレーター乗った!』

お前も早いだろと思いつつ、発券機でチケットを引き換える。
番号押すのもスマホ操作するのも面倒だから、会員カード読み込ませてとっとと発券する。
そういや勝手に字幕にしたけど、アイツ吹き替え派だったりするのだろうか。
字幕は文字を無理に追って酔う奴も居るからなぁ。

………今更ながらに不安になってきた。
いやいや、でも映画を指定しておいて字幕か吹き替えかをしてなかった康介サイドにも問題がある………筈だ。
だから俺がそこまで気にしなくて良い………筈。

「耀司くん!ごめん、お待たせ!」

そんなことをつらつらと考えながら発券機前から動かず待っていると、慌てた様子で駆け寄って来る一つの影。
誰だなんて分かっている。
今日の待ち合わせ相手である康介だ。
だが俺はちょっとだけ、まあちょっとだけ驚いてしまった。

………と、いうのも康介はありきたりな黒一色の野暮ったい服装をしているのだと思っていたのだ。
だというのに、実際はどうだ。
確かにグレーのインナーにジーンズと、そこまでは想像通りだが………
そこにオーバーサイズのカーキ色のパーカーで一気に垢抜けさせていてまあ………可愛いんでないの?

「別に言う程待ってねえよ。」

余程慌てて来たのか、髪がぼさついていたのが勿体なかったので手櫛でさっと整えてやりながらそう宥めれば、康介は恥ずかしそうに俯いた。
照れからか疲れからか、普段は心配になる程に青白い肌が健康的な肌色になっていて逆に色っぽく感じる。
………なんだ、コイツ。
思ったよりも、かわっ………いやいや、そんな筈はない!

「ほんとに?」
「ああ。」

実際に俺が着いたのはついさっきな訳だし、チケット引き換えたりとかしてたから正直全然待ってた気もしない。
なんならもっと待つかと思ってたから正直早く感じる位だ。
整えるついでによしよしと撫でてやれば、ひどく嬉しそうに笑う。
ちょっっろ
は?
は???

「可愛いな、お前。」
「えっ!?」
「ほら、行くぞ。」

思わず漏れ出た言葉はなかったことにして、俺は康介の手を取ってスクリーンのある上の階へと急いだ。
繋ぎ方は勿論、指を絡める恋人繋ぎだ。
俺が用意したチケットをもぎってるもぎりが怪訝そうな顔を浮かべながら特典を渡してたが、関係ねぇ。
どうせもぎりなんざこの場限りの出会いだしな。

「ねぇ、耀司くっ………」
「おどおどすんな。ビクつくから挙動不審に見えて見られるんだ。堂々としてりゃぁ、言う程誰も見てねぇよ。」

手を振り解こうとしてくる康介の掌をしっかりと握り込み、小声で言い聞かせる。
実際、劇場スタッフは自分の仕事で忙しいし、仮に見られていたとしても数日経てば忘れる。
写真撮って晒そうものならモラルの問題だから寧ろこっちが訴えることが出来るしな。

「………めちゃくちゃな理論だ。」
「なんとでも。で、どうする?ポップコーン頼むか?ホットドック頼むか?」

因みに俺は始まる前にホットドック二個くらい食べてゆっくり観る派だ。
コスパとかカロリーとか知るか。
映画くらい好きに観させろや。

「どっちも。ホットドックとポップコーンとドリンク。あ!耀司くん、耀司くん!」
「ん?どした?」
「限定バケツあるよ!しかも二種類!耀司くんもポップコーン食べよう!」

子供のようにはしゃぐ康介に、俺ポップコーン食わねえとは言うに言えなかった。
たまには俺も空気読むんだよ。
構わないと返事をしつつ、売店スタッフに前もってチェックしていたグッズとパンフと、あとフードメニューを頼んでいく。
二人分にしては多い量だが、特に何の反応も示さずスタッフは注文を繰り返してテキパキと仕事を捌いていく。

「食えるのか?」
「いつも食べてるし、平気。耀司くんも平気?」
「おう。食えなかったら手伝え。」

まあ大丈夫だとは思うけど、問題は昼飯が入るかだが………まあ、なんとかなるだろう。
つかコイツ、生っ白いし男にしちゃあ華奢な身体なんだが、めっちゃ食うのな。
意外。

「うん!あ、お会計後で渡すね。チケット代も。」
「いーよ。まあ、昼飯でも奢ってくれや。」

今日のデート代全部奢っても構わないんだが、律儀で頑固だから嫌がるだろうから昼飯は奢らせよう。

「お待たせ致しました。」
「はい!僕の分は僕が持つね。」

ふんすふんすと鼻息を荒らげながらそう言って得意げに康介には悪いが、まるでお手伝いしたがりの小さな子供にしか見えない。
別に好きでもなんでもない俺に対しても、恋人ってだけでこんなにも一生懸命なのかと思うと、ますますコイツの恋人が愚かだなと思った。
クズな俺からしてみれば、コイツみたいな健気な奴はとても貴重な存在のように思えるから。



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