2-1

「弘慈ー!帰ろー!」

荷物を纏めてさぁ帰ろうかとしたら、町田さんがそう言ってコウジに駆け寄った。
今日はずっとこの調子で、なんかもういっそ凄いなと思ってしまう。
何度も何度もコウジに話し掛けては無視されたり冷たくあしらわれ、それでも話し掛けてと………
流石に今日一日でクラスに居た全員が引いてしまっていた。

「誠也、準備出来た?」
「う、うん。………うわっ!」
「誠也!?」

俺も無視してしまうのは心苦しくもあるが、でも今のコウジの恋人は俺だしと言い訳をしつつ鞄を持って立ち上がる。
そしてコウジの所へと行こうとした瞬間、何故か持っていた鞄を思いっ切り横に引っ張られ思わず転びそうになってしまう。
誰がしたか、なんて、考えなくても分かる。

「誠也が転んで怪我したらどうするんだ!」
「だって、康田くんが空気読んでくれないから………」
「「は?」」

目を潤ませて上目遣いで言ってるところ悪いけど、空気読んでくれないって何?
コウジがしっかり支えてくれたから転ばずに済んだけど、あのまま転んでいたらと思うとこの言い訳が怖くて仕方ない。
サイコパスかよ。
久しぶりに受けた悪意しかない暴力に、俺は中学の時の苦しみが揺り起こされるの感じた。

「私が弘慈と帰りたいのに、何で康田くんがくるの?」
「何でも何も、誠也が俺の恋人だし、今日俺は誠也の家に泊まる予定なんだよ。」

そんな俺をグッと抱き締めて、コウジが唸るようにそう言った。
嗅ぎ慣れた体臭にドキドキとしながらも、既視感を覚えてしまうのは何故か。
俺、町田さんに会ったのは今日が初めて………だよな?

「そういうのいいから、一緒に帰ろうよ。」
「意味が分からない。誠也、行こう。」

コウジが俺の腰を抱くように引き寄せ、町田さんに掴まれたままの俺の鞄を無理矢理に奪い取る。
そういうのって、多分コウジと俺が付き合ってるのが嘘だと思ってるってことだよな、多分。
まぁ普通はそう思うよな。
ましてや町田さんは今日初めて俺達を見た訳だし。

「嘘じゃないよ。俺とコウジ、付き合ってるから。」
「は?」

だから俺は一つだけ深呼吸をして、町田さんにハッキリと告げる。
ここはコウジが言うよりも俺が言わないとダメな気がする。
もう逃げるのも諦めるのも嫌だし、何よりコウジと引き離されるなんて絶対に嫌だ。
冬休みから、所謂婚約している状態な訳だし。

「だから、康田くんには聞いてないの。分かる?そもそもコウジに付き纏わないで。」
「付き纏ってるのは町田さんの方でしょ?俺達お互いの両親を交えながらかなり真剣に将来設計してる最中だし。」

まだ高校生だからこそ、ちゃんと保護者達に明確なプランの相談をしようとお互いに決めた。
俺達がいくら真剣になっても、親達のように現実を知っている訳じゃない。
やりたいことだったり、就職だったり、その為の進学先だったりと。
男同士という世間一般的に認められない組み合わせだからこそ、その辺りをちゃんとしておかないと【ほら、やっぱり】と笑われてしまうがオチだ。
俺の両親や兄達にも、コウジの両親や兄弟達にもみんなに協力してもらっている。

「気持ち悪い。そういうのストーカーって言うんだよ」
「「何でだよ。」」

町田さんが呆れたように言った言葉に、俺達の方が呆れてしまう。
だからちゃんと付き合ってるって言ってるじゃんって思うけど、この手のタイプって認めたくないことは話聞かないんだよな。
笠原の取り巻きとか笠原がそうだったな………ってか、なるほど。
さっきの既視感って、笠原かよ。

「コウジ、もう行こう。町田さん、笠原と一緒だ。」
「カサハラ………?ああ、そうだね。帰ろうか。」
「ねぇ!待ってよ!」

俺の言いたいことが分かったらしい。
コウジは俺の手を取るとさっさと歩き始めた。
納得してもらおうかと思ったけど、笠原と同じタイプの人間なら絶対に納得することはないだろう。
だとしたら言い方は悪いが、時間の無駄だ。

「母さんから帰りにスーパー寄って帰るように言われてるし、早く行こう。」
「ん。荷物持つよ。」
「大丈夫だよ、そこまで多くないから。」
「ねぇ!」

コウジが俺を甘やかしたくてウズウズしているが、そこはきちんと断っておく。
まぁ、米とかがあったらお願いしたけど、やっぱり俺男だしプライド的なものが………ね?
コウジもそれを分かっているので、あっさりと引いてくれるんだからほんと素晴らしい彼氏だ。

「残念。あ、ポップコーン買って帰ろうよ。」
「うん!この間のポップコーンバケツ洗って乾かしてるからそれ使おう!」
「ねーえ!」

この間デートの時に買った期間限定のコラボバケツ、
洗いにくかったけど大きめの透明ビニール袋に入れて直接は触れないようにして入れれば洗わなくても済むかもしれない。
スーパーでそういうのもないか見てみよう。
ジッパーバッグみたいなタイプだと、仮にポップコーン残しても湿気らせずに済みそう。

「あのポップコーンバケツ可愛かったもんな。俺リモコン入れにしてるけど。」
「ねぇ!無視しないでよ!」

………話を続けられない程の大声に、俺とコウジは足を止めることなく揃って溜息を吐いた。
チラリとコウジを見上げれば、フルフルと首を横に振られる。
構うな、ということだろう。
その態度に、俺は少しだけモヤモヤした気になる。

別に嫉妬とかって訳じゃないけど、なんでコウジはこんなには町田さんに対して敵意を抱いているのだろうか。
中学の時に、コウジもなにかトラウマになるようなことをされたのだろうか。
笠原から俺を守ってくれたように、俺もコウジから守りたい。

「そんな顔しないで、誠也。」

苦笑しながらそう言って、コウジは俺の唇を撫でた。
無意識に入っていた力が、ホッと抜けるような感覚がする。
どうやら思った以上にイラついていたみたいだ。
コウジにイラついてた訳じゃないけど、そう思われてしまったら嫌だな。

「取り敢えずアレまいたら、教えるから。」

言い方は酷いけど、俺を安心させるように手をにぎにぎとしてくれる。
でも果たしてまけるのだろうか?
今だってわんわんと騒ぎながら俺らの後ろを着いてきている。
え?てかこの状態で電車乗るの?絶対にうるさいって。



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