「誠也帰ろー」
帰りのSHRも終わり、さて下校だとなった瞬間にコウジは俺の席に来てそう言った。
荷物はもうまとめ終わっているらしい。
実はあの日の夜、家に着く前に一つだけ約束した。
これから放課後は一緒に帰ろう
そのまま遊んでも良いし、気分が乗らなければ帰っても良い。
帰宅部な俺達は時間はたっぷりあるから、その日の気分で気ままに決めようと。
でもそれはいつまでだっていう制限はなくて、だからこそいつまで?なんて怖くて聞けなかった。
卒業までそうしていたいけど、これから先がどうなるかなんて分からないのだ。
「ああ。でも荷物まとめるから待って。」
教科書を適当に詰め込んだ鞄に、これまた適当に筆箱とかを詰め込む。
高校生だから、普通科とは言え課題は山積みだ。
油断していると遅れを取り戻すのが困難になっていく。
特に俺みたいに頭悪い奴は尚更。
だからちゃんとする癖をつけなさいとは、あの時勉強に付き合ってくれた担任の談である。
「準備できた?」
鞄のチャックを閉めると同時に、コウジが手を差し伸べてきた。
いつも帰りの駅でされる光景に、俺は思わず唖然とする。
手を繋ぐのは嫌じゃないが、流石に学校では恥ずかしい………
「言っただろ、本気出すって。取り敢えず俺は誠也に本気なんだって、誠也自身にも分かってもらうために外堀から埋めないと。」
ニコニコとコウジが言うけれど、それと手を繋ぐことの何がどう関わるのだろうか。
手を繋いでもなんの問題はないって事?
でも俺と人気者のコウジが手を繋ぐことでみんな不快に思うんじゃ。
でもこの手を拒絶したらコウジは悲しむ………?
「俺は手を繋いで帰りたい。でも、誠也が嫌なら学校では我慢するよ?」
ぐるぐると回る思考を察したように、 コウジはそう言った。
いっつもコウジには先回りさせてばかりだ。
しかもいつも待たせている。
コウジはアイツと違うと、昨日分かったばかりじゃないか。
一瞬だけグッと目を瞑って、俺はコウジの手を取った。
「嫌じゃない。帰ろう。」
「………うん。帰ろう。」
ふわりと。
嬉しそうに微笑むコウジに、ちょっとだけ誇らしい気持ちになる。
コウジにこんな顔をさせてあげられるのは、今は俺だけなんだって。
いつか俺以外の誰かができるのだとしても、今は俺だけしかできないんだって。
勿論、それは表に出さない感情だ。
身の程を弁えてないにも、程があるから。
「今日も課題いっぱい出たねー」
「ホントだよな………頭いっぱいいっぱいになって嫌になる。」
余裕そうにそう言うコウジが心底羨ましい。
コウジは何で特進に行かなかったのか不思議なくらいに頭良い。
そもそもうちの高校じゃなくても良かったんじゃないか説だってある。
しかしクラスメイトからそう言われた時、コウジは決まって言うのだ。
俺はのんびり生きたいの、と。
俺がコウジの事を名前を覚えてなくても存在をちゃんと覚えててそれなりに会話したりとかしてたのは、実はこの言葉に感銘を受けたからに他ならない。
笠原から逃げたくて生き急いでいたような俺に、そんな選択肢もあるんだよと教えてくれたように感じたのだ。
………そう思うと、いっつも助けてもらってばかりだな、俺。
「なぁ、コウジ」
「ん?課題手伝う?」
「それはして欲しい。けどそうじゃなくって、コウジが俺にして欲しいこと、何かある?」
「いきなりどうした?」
しかもあのゲーセンでの騒動以降、コウジは何かと俺に構ってくれたり、課題手伝ったりしてくれる。
でも俺はそんなコウジの優しさに、何一つお返しが出来てないのだ。
これは申し訳がなさすぎる。
「お礼がしたい。」
「んー………今は良いよ。」
あっさりと拒否され、なんだか悲しくなってくる。
俺程度にできる事はないという事なのだろうか。
「俺の恋人になったら、いっぱいシテ。」
しょんぼりした気持ちを持て余す前に、コウジが俺にそう囁いた。
恋人になったら………いっぱい………
例えそういう意味でも、そうじゃなくても。
なんともいやらしい響きに顔が赤くなってしまう。
「はっ!?なっ!?」
顔を赤くして慌てふためく俺に、コウジは繋ぐ力を込めながらも雄っぽい顔で笑う。
からかわれた!と思ったけれど、双眸に籠っている熱を察してしまい、ゾクリと背中が震えた。
「エッチなの、興味あるんだろ?」
さっきよりも低く熱い声で囁かれて、変な声が漏れそうになる。
とっさに口を手で覆い隠そうとするも、右手はコウジ左手は鞄で動かせない。
詰んだ………と思いつつ、大袈裟に唾を飲んでなんとか堪える。
でも………
「嫌いじゃ………ない、よ」
無理矢理絞り出したような小さく掠れた声は、けれども無事にコウジに届いたらしい。
幸せそうに蕩けた顔で笑うコウジに、少しだけ不安になる。
まだ付き合ってない水曜日でこんなに幸せなのに、金曜日を迎えた頃に俺はどうなってしまうのだろうかと。
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