3-1

今日はまだ友達の宣言通り、もう一回だけキスをして手を繋いで公園を出ようと歩く。
友達、だけど指を絡ませ合って。
胸がドキドキする。

「意識してる?」
「………正直、してる。」

手汗が出てて不快に思われてるんじゃないかと考えてしまう程に、ガッツリ意識してる。
コウジが俺を好きっていう事実に、足元がふわふわと覚束無い。
幸せって、こういう事かもしれない。

「嬉しい。」

本当に嬉しそうに、コウジが笑う。
騙されてるのかもしれないっていう不安もある。
罰ゲーム的な何かかもしれないとも。
でも、この笑顔を信じたいとも思っていて―――

「誠也!」

ふわふわとした気持ちが、一瞬で冷める。
背後から聞こえた声を拒絶したい。
そんな俺の俺をいち早く察したかのように、コウジは繋ぐ掌に力を込めながら舌打ちをした。

「誠也!お前何してるんだ!」

声が近寄ってくる。 また乱暴に掴まれるのかもしれないという恐怖に身を固くしていると、コウジが俺を庇うように抱き寄せながら後ろに視線を向けた。
コウジの方が俺より背が高いから、アイツの姿は見えない。
でも、隙間から見える微かなカケラが、聞こえる声が、確かに存在すると訴えてくる。

「お前が何してんだ………駅からずっと尾行してたろ………」

唸るようにコウジが言った一言に、俺は驚愕した。
全然気が付かなかった………。
でも考えてみれば公園までの道程で一瞬だけコウジが振り返ったけど、アレはもしかして尾行していたアイツに気付いていたからなのかもしれない。

「お前みたいな奴が誠也に付き纏ってたら心配にもなるだろ。誠也を離せ。」
「丸ごとこっちのセリフなんだが?お前、あの日からずっと誠也を尾行していたの、気付いてないとでも思ったか?」

え?俺そんなに前から尾行されてたのか?
それでコウジが一緒に帰れない日は人通りが多い内に家に帰れって言ってたのか。
過保護だなと思いつつあんな事があったから仕方ないかなんて暢気に思ってたが、そういうこと?
えぇ………気持ちが悪いんだが。

「そういうのストーカーって言うんだ。」

コウジが鼻で笑うが、俺も激しく同意したい。
付き纏いは立派な犯罪だ。
そもそもなんでコイツが俺なんかのストーカーにジョブチェンジしちゃったのか、それすらも謎過ぎて気持ち悪い。

「ストーカーなんてしてない!誠也を返せ!」
「誠也はモノじゃない。その考えからまず改めろ。」

スッパリと。
コウジはアイツの発言を正論で打ち返して呆れたように溜息を吐いた。
そもそも返せってなんだよ。
俺は俺の意思でアイツから離れたし、その後に会ったコウジには全く関係がないのに。

「誠也は俺とずっと一緒に居るんだ。なぁ誠也!そう約束しただろう!?」
「えっ?は?何の話?した覚えないけど?」

ガチで知らない話されて、俺は思わず声を出す。
身体の震えが止まらないけど、コウジが宥めるように優しく頭を撫でてくれるからこの間よりは怖くない。
それよりもした覚えのない約束をさもしたかのように言われたことの方が怖かった。

「しただろう!?一緒の高校に行こうって言った時に!」
「その時返したのは【うん、一緒に行けたら良いな】程度だぞ?」

え?どんな変換されたの?
怖すぎなんだけど………。
仲違いしたとは言え大好きだった幼馴染が、まるで知らない人になってしまったようで怖い。
怖いしか言えない位には怖い。

「………誠也が【うん】って口にしたから約束したっつってんの?キモ。」

そういう事か!
てかもうその頃にはコイツと離れる算段しか立ててなかったし、コイツと関わると暴力振るわれる状態だったから避けてたんだが。
漸く身の程を知ったかと喜ばれる程度にはバレバレな距離を開き方をしてたのに、コイツ気付いてなかったのか。
それってマジで俺の事なんてどうでも良かったんじゃねぇの?

「幼馴染だからって誠也を束縛して良いわけじゃないし、そもそもお前誠也の好意に胡座かいてただけで何の努力もしてねぇだろ。」

努力を怠っていたのはどっちかと言えば俺だし、そもそも努力すべきだったのは俺だと思うんだが、
チラッと見上げたコウジの顔が思った以上にキレてるから余計なことは言わない方が良いだろう。
お口チャックだ。

「だから何だ。誠也は俺の幼馴染だし親友だ!」
「………で?誠也は俺の恋人だけど。」

うん、まだだけどな!
この間も思ったけど、コウジってハッタリ上手いよな。
親友だとか恋人だとか、的確にアイツが嫌がるハッタリかましてる。
俺の事なのに俺を置いてけぼりで進んでいく会話に、俺は軽く現実逃避をすることにした。
今更だけど、コウジに抱き締められてるこの状況が恥ずい!!!

「嘘だ!この間親友だって………!」
「人間関係なんて刻一刻と変わるだろ。お前が誠也にとって、親友じゃなくなったように。」

ギリギリと、アイツは歯を食いしばりながらコウジを睨み付ける。
あんなにもイケメンな顔を歪ませて、女の子泣くぞ。

「なぁ、笠原。」

でもこのままだときっと埒が明かない。
いくらコウジが冷静でも、アイツが冷静じゃないから話が進まない。
俺が入ることで話が進むかは分からないけれど、少なくともコウジの言葉よりは聞いてくれるんじゃないかと思う。
ギュッとコウジの背中に手を回して勇気を貰いながら、呼びたくもない名前を呼ぶ。

「ごめんな、俺、お前のことをもう好きじゃない。俺に親友が居るならそれはコウジだし、これから先関係が進むとしてもコウジが良い。」
「なんで………!」

悲しそうに歪められたアイツの双眸から、ぽろぽろと涙が溢れる。
イケメンは泣いてもイケメンなんだなって、ぼんやりと思いながら、そういえばコイツ昔から泣けばなんでも許されてたよなと思い出す。

「俺お前に何かしたか!?」
「強いて言うなら何もしてない。」
「だったら………!」
「だから、だよ。笠原。」

俺がイジメられても泣いても、小さく助けてって言っても、何もしてくれなかった。
話も聞いてくれなかった。
俺に暴力を振るう奴らと遊ぶ方が、楽しそうだった。
弱い俺の、そんな子供みたいなワガママ。
それは周りからの悪意でどんどん削れていって、鋭利になって。
そうして俺の心を何度も突き刺していった。

「笠原は確かに何もしてない。俺に暴力を振るったわけでも、罵詈雑言を浴びせた訳でもない。でも逆に、何もしてくれなかった。」

でもコウジは違う。
俺にゲーセンに行こうって言ってくれた。
頑張ったなって俺の頭を撫でてくれた。
甘やかしたいって言ってくれた。
甘やかしてくれた。
カラカラに乾ききっていた俺の心は、たったそれだけの事で潤っていった。

「だから俺は、お前の事が名前も呼びたくない程に嫌いなんだ。」

無関心にはなれない。
好きだった時間が長過ぎた。
怨んだ時間も、長かった。
大事だった幼馴染。
大好きだった幼馴染。
今は大嫌いな幼馴染。
俺にとっての笠原咲仁(カサハラ サキト)という男は、多分これから先も一生この評価のまま動かないだろう。

「コウジ、帰ろう?」
「………うん、帰ろうか。」

笠原よりイケメンな男なんて、そうそう居ないかもしれない。
でも俺はそれだけを見ている訳じゃないし、それだけしか知らない訳でもない。
良い奴だと、今でも思ってる。
でもそこまでだ。
関連付けられた苦しみは、これから先もきっと燻り続ける。

「じゃあな、笠原。もう二度と会いたくないよ。」
「俺は………俺は絶対に諦めない!」

俺を抱きしめる腕が緩んだから、ゆっくりと距離を取って手を繋ぎ直す。
笠原の叫びが背中に刺さるけど、もう俺達は振り返る事はなかった。



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