幸せとは常に躯の上に在る

その当たり前が、当たり前以上の唯一無二になったのは、中等部の頃。
俺達の通っている学校は所謂金持ちと権力者の子供ばかりが集う学校で、自由を引き換えに小さな社会で生きていくことを強要された。
上位の家の子供達に下位の子供達が従い、それぞれの家に仕える家の子供達もまた、それぞれの家の子供達に付き従う。

息苦しい、けれど、未だに貴族社会の抜けないこの世界でも生きていけるように、今の内に地位を確立しておかないといけない。

そして中学生になる前に第三の性別が分かる為、そこもまた差別に似た区別に拍車をかけていく。
その煽りを一番に受けたのは、あの子達………和麻くんと淳也だった。

βだと思っていた和麻くんは上位の家のΩで、αと間違えそうな程に優れた淳也はβだった。
普通に考えれば分かる事だ。
上位αやΩしか産まれたことのない篠宮家の子供が和麻くんで、篠宮の家で代々庭師をしているβ家系が淳也の居る内村だ。
稀にβの家でも突然変異みたいな形でαやΩが産まれることもあるらしいが、そんなの本当に稀な出来事だ。
けれども中位以下の子供達はそんなこと分かろうともせず、淳也を崇め和麻くんをブスだと責め立てた。
その度に、淳也は怒りを露わにしていていたが、その割には和麻くんから離れようとはしなかった。
寧ろ周りが言えば言う程、常に和麻くんに付き纏ってはまるで騎士のように振る舞い続け、やがて誰も彼もが二人が傍に居るのを当たり前に諦め始めた。

そうなると、居場所が無くなったのは俺達《α》だ。

純也が入学するまでの一年間で、和麻くんの傍の心地良さを、尊さを、貴重さを。
理解してしまったαは、メールフィメール共に多い。
興味本位の愚か共は俺と、初等部の頃から和麻くんを慕っていたフィメールαの亜麻音とで追い払っていたが、キチンと節度を弁えたαが数人、理解は無いが悪意のある視線から守り続けていた。
しかし、淳也が現れた途端に全てが淳也に奪われてしまった。

否、淳也は奪ったつもりは無いだろう。
ただ、傍に居ただけ。
時にはわざわざ探してでも、和麻くんが傍に淳也を置いただけ。
俺達には目もくれず、まるで磁石のように共にあったというだけだ。

羨望と、嫉妬と、悔しさと。
けれども淳也がβであるということに安堵を覚えた。

アイツがβである以上、和麻くんはけしてアイツのモノにはならない。
なれない。
和麻くんはΩだから、だからαと共になることが自然で、それが幸せになることで―――

『離せ!触るな!俺の………俺のΩだ!!!』

その都合が良い思い込みが崩れたのは、和麻くんが同じクラスのαに襲われた時だった。
正しくは、襲われた後。
完全にラットになった状態のαの同級生と、血塗れでぐったりとした和麻くん。
そして、そんな和麻くんを守るように抱き寄せ息を荒げている、目を覆いたくなる程に傷だらけの淳也を見た時だった。
何があったのかは分からない。
ただ、そこから少し離れた廊下に突発的なヒートを起こしたΩが居たらしいという話を聞いた時に、俺達は何があったかを察した。
それは、俺達がαである以上、起こしうる不幸だった。

今回はあの同級生だった。
でも、次は?
もしかしたら俺自身がああなるかもしれない。
あの同級生は俺達に証明してしまったのだ。

例え他のΩが起因のヒートでも、和麻くんを無理矢理襲ってしまう可能性があること。
今回のように和麻くんがヒートじゃなかった時、拒絶されたショックで手を挙げてしまう可能性があること。

………なんだそれ。
よっぽど俺達《α》の方が、ケモノじゃないか。
そんなケモノは、和麻くんを幸せになんてできる訳がないだろう!?
理性が切れたα相手に、必死に抵抗し続けて傷を負った淳也《β》の方がよっぽど………

『よっぽど、相応しいっ………。』

自分で呟いた言葉に傷つきつつ、けれどどこか納得してしまった。
淳也はβだからヒートもラットも何もない。
そういったことに、振り回されることがないのだ。
確かに和麻くんがΩで淳也がβである以上、本当の意味で結ばれることはないだろう。
けれどだからこそ、和麻くんをけして傷付けない。
だからこそ、ああして身を呈して和麻くんを護れる。

α同士ならあんな風に【護ること】ではなく、Ωを【奪い合うこと】に重きを置くだろう。
それこそ、怪我をした愛しい人《Ω》を放置してでも。

触れることが怖くなった。
想うこと自体が罪なのかもしれないと震えた。
想えば想う程、自分もああなってしまうのだろうかとひどく恐ろしくなった。

「あ、疏毬くんに亜麻音さん。お久しぶりです。」

それでもやっぱり、声が聞きたかった。
会いたかった。
高等部の頃にあんなことが起きてしまって姿を全く見なくなってしまってからは、ますますその想いは強くなった。

「お久しぶりね、そして婚約おめでとう和麻さん。元気そうで何よりだわ。」
「久しぶり、和麻くん。」

そして今、こうして笑顔を見てやっぱり思う。
君の笑顔は世界で一番可愛いと。
そして―――

「………婚約おめでとう、二人共。」

誰よりも、幸せが似合うと。



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