俺は皆が羨むような可愛いΩだった。
αだけじゃない、メールβですら虜にするそんなΩ。
貴族社会なんて撤廃されて久しい昨今でもαやΩの中では未だに社交会が開催されているけれど、その中でも俺は高値の花だと人気が高かった。
俺は誰よりも美しく、誰よりも素晴らしい。
誰も彼もが俺を選ぶ。
そんな自信は、とあるメールβにものの見事に粉々にされたのだけれど。
「申し訳ございませんが、俺は和麻さん以外に全く興味もありませんので。」
勃つものも勃たない。
ちっとも悪いと思ってないような顔で、そのβは俺に対して失礼極まりないことを言った。
彼はとある大きなαの家で、最近養子になったβだった。
庭師の息子なのだけれど、あまりにも優秀過ぎて養子になったらしいと噂の彼は、まず本当にβなのかと疑いたくなってしまう程に美しい男だった。
養子になった際に売れ残り次男だったブスΩを宛がわれたらしいと噂になってたから、どんな奴か気になってたけど………
彼は絶対俺の隣に居る方が相応しいと思った。
それ程までに、美しい男。
そもそもさぁ、彼に宛がわれたブスΩは俺と同じメールΩなんだけど、本当にブスなんだよ?
βと間違えておかしくない程にどこにでも居るしブスな顔。
中の下って感じ?
そんな奴を背負わされて可哀想。
まぁ、養子の条件だろうから配偶者のフリをするのは許してあげる。
俺、愛人で我慢してあげるよ。
どうせメールβとは番えないしね。
そう思いながらアプローチしたら、あっさりと無表情で言われた言葉。
は?何?
コイツβの分際で何様のつもりなの?
かずまって、あのブスΩのことだよな?
は?俺がアイツ以下だって言いたいの?
「淳也くん!ごめんね、遅くなりました!」
「和麻さん!いいえ、そこまで待ってませんが、無理はされてませんか?」
文句言ってやろうと口を開いた瞬間、例のブスΩが慌てた様子で俺とβとの間に入って来た。
俺に挨拶も無く!
確かにアイツの家の方が俺よりも格上だけど、Ωとしての質は俺の方が上なんだよ!?
しかもあのβもβで、アイツの存在を認識した瞬間俺に目もくれずアイツの腰を引き寄せて嬉しそうに笑った。
さっきまで俺が何言っても無表情だった上に、触ろうとしたら避けてたクセに!
「うん。それより、こちらの方は?」
幸せそうに微笑みながら、ブスΩは漸く俺の方を見た。
何様のつもりなんだよ。
てかマウント取ってるつもり?
しかも俺のこと知らないのかよ、これだから引き籠りブスは………!
「いえ、存じません。俺はもう篠宮の人間だというのに、名乗りもしないで一方的に話し掛けて来た無礼なΩです。和麻さんにも、関係無いかと。」
挨拶してやろうとした俺を遮るように淡々とβがそう言ってきて、俺は怒りで目の前が真っ赤になった。
なにそれ、なにそれ、なにそれ!
そりゃあ俺は篠宮の家よりは格下の家のΩだけど、俺は皆が羨む至高のΩだぞ!
Ωとしての格は、引き籠りブスよりは上なんだ!
「行きましょう。若様が挨拶回りの続きをしたいと。」
「えっ、でも………」
「篠宮である以上この場では和麻さんの方が上なので、挨拶もしないような人間を気に掛けるべきではありません。」
それなのにβはブスの視界を隠すように肩を抱き寄せて踵を返すと、きっぱりとそう告げて足早にその場を離れやがった!
ありえない!
βとブスΩの分際で、俺に恥をかかせるなんて!
周りがクスクス俺を嘲笑する声が聞こえる………なんで俺がこんな目に!
思わず掴みかかろうとしたその瞬間、ゆっくりとβが振り返りそして―――
「………っ!」
目が、合った。
ゾッとするような冷めた目………というよりも俺を鬱陶しい虫か何かかと思っているような目。
近付かないならどうでも良いが、不快だから近寄ったら殺そう。
そう言わんばかりの、目と。
何だ、アレ。
あんなのαの威圧じゃないか。
アイツ本当にβなのか?と思うけれど、ずっとフェロモンを感じなかったからβなんだとは思う。
混乱し足を止めたからか、βはややあって俺から視線を反らした。
怖い。
こんな雑魚みたいな扱い、αからもされたことないのに………。
「あーあ………家の事情でとかだったら俺が幸せにするからって間に入ろうと思ったけど、無理じゃん。」
ふと、呆然とする俺の耳に入って来た台詞に思わず反応してそっちに顔を向ける。
話をしているのは、篠宮と同格の家のメールαだ。
俺も何度かアプローチしてて、いつも可愛いと喜んでくれるのにそれ以上って雰囲気を出すとするりと避けてくる。
そんな駆け引き上手なαだ。
隣に居るのも同じ家の位で、今度アプローチしていこうと思っていたフィメールαだ。
「あー、貴方昔から和麻さんにお熱だったものね。アプローチしても素っ気なく振られてたけど。」
「振られてすらねぇんだよ。気付かれてないから。けどなー、二十歳になっても独身だったからイケると思ったんだけどなー。」
………は?
俺からいかないと話し掛けてもくれないあの人が、あのブスにはアプローチをしていた?
どういうことだよ。
それって、あの人にとって俺はブス以下だったってこと?
「お馬鹿ね。二十歳になっても独身だったのは、彼に操立ててたからでしょう?」
「言うな、現実を言うな。あー!奇跡が起きればワンチャン、あの男の立ち位置が俺のモノになると期待してたのに!」
「夢想も良い所ね。そもそも隙あらば和麻さんから離れたがらないブラコンな篠宮の若君ですら、彼が来たらあっさり和麻さんの隣を明け渡してたのよ?最初から無理に決まってるでしょう。私達からしてみれば、あの二人が結婚に至るのが遅かった位よ。」
私達、とフィメールαは言った。
そんなにもあの二人を認識しているのか。
「それだけ前例に無いという事実を覆すのは難しかったんだろう。でも大体君だって、和麻くんに惚れてたじゃないか。」
あの人の発言に、俺は驚きを隠せない。
どうして、どうして、どうして。
あの二人は篠宮と同格で、しかも上位αや上位Ωを多く産出してきた家だぞ。
二人共だってトップクラスのαだ。
それなのになんで、あんな出来損ないでブスなΩの恥晒しのような奴を選ぶんだ!
「………和麻さん、彼と一緒に居る時本当に安心したように笑うのよ。その笑顔が欲しいと思ったけど、それは彼と二人で居る時だけ。無理だなって思うじゃない。それに―――」
フィメールαが意味深に言葉を切って、何かを思い出したかのように微笑んだ。
それは綺麗な微笑みで、けれどもどこかなにかを諦めているような、悲しい微笑みにも思えた。
「好きな人には、幸せになってもらいたいじゃない。」
「まぁ、確かに。和麻くんのαになれたら俺達は幸せだけど、和麻くんは幸せじゃないかもだしね。」
Ωを支配することを喜びとするαらしからぬ台詞。
そんな二人の姿を見て、俺は不覚にもあのブスが羨ましいと思ってしまった。
悔しい、悔しい、悔しい。
俺はずっと、俺はどのΩにも負けない至高のΩだと思ってた。
だが実際はどうだ。
刹那の快感はあるけれど、あんな風に愛されたことはない。
俺が相手をしたαの一体何人が、あんな風に俺の幸せを純粋に祈ってくれるだろうか。
多分、というか絶対誰も居ない。
同じことを考えたのだろう。
周りで俺のように盗み聞きしていたΩの多くが、小さく息を呑む声が聞こえた。
一体アイツの、何が良いんだ。
けどきっと、アイツは本当に【人間】が求めるものを持っているのだろう。
本能に振り回される、俺達とは違って。
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