負け組αの無残な運命

俺はどうしようもない罪を背負っている。
それは中学の頃から今までずっと背負い続けているモノで、これから先も、それこそ一生背負わなければいけないものだ。

事の発端は、俺が一人のメールΩに惚れたことだった。

彼は名家のΩだったが、ともすればメールβと見間違えてしまいそうな程にどこにでも居そうな顔をしていたし、正直、可愛いとも美人とも思えなかった。
フェロモンも無臭だったし、Ωらしさでいえば低身長で細身なことと色が白いことだったが、そんなβだってどこにでも居る。
兎に角平凡な奴で誰もが馬鹿にしていた。

それでもアイツはひたむきに努力をしていたし、α相手にも媚びることなく寧ろ目の間に居るのがまるでβかのように普通に振舞った。
振舞ったというよりも、多分、アイツにとってはβもαも、そして他のΩ達も何も変わらなかったんだと思う。
アイツにとって特別だったのは、一学年下のメールβだけだった。

まぁ、そのβの話は後に回すとして。

兎に角俺はビックリする位はチョロくて、俺のことをα扱いしないで一人の人間として接してくれるということに惚れてしまったのだ。
βはいつだって俺を避けるし、αは互いの階級でしか話が出来ないし、Ωは媚びを売る。
こんな当たり前の日常に、中学生の頃の俺は既に疲れてしまっていたのだ。
だからこそ俺はアイツに癒されていた。

けれどもアイツの傍には、いつもあのβが居た。

あのβは、逆にαと見間違うばかりに美しい男だった。
中性的な顔立ちに、切れ長の目。
成績も数多のαを抜いて学年一位だったし、スポーツも万能で中学生にしてはガタイが良かった。
そんなβにフィメールβだけではなくΩも、フィメールαですら秋波を送ったが、βは愛想も表情も無かった。
誰に何を話し掛けられようが、相槌以上のことはせずに話を弾ませるどころか寧ろぶった切る始末。

「坊ちゃん!」

そんなβが表情を崩すのは、大型犬のように懐くのは、アイツの前だけだった。
ブスなΩのクセにと誰もが怒りを露わにするが、しかしβのアイツに対するあまりの懐きようと、まるで騎士のような振る舞いにやがて諦めていった。
だが俺は、どうしても諦めることが出来なかった。
アイツにα扱いされなかったから惚れたクセに、βの分際でどうしてアイツの隣に居るんだと腹が立つようになった。

矛盾した感情。

その悪感情に弄ばれるまま、俺は毎夜想像の中で何度もアイツを犯した。
俺のΩとして。
俺は誰よりも、アイツのことをΩ扱いしてしまっていたのだ。
人間として扱われて嬉しかったクセに、俺はアイツを獣のように扱う。

俺が一番、アイツに相応しくない。

アイツを汚い欲望で汚した後は、いつだって悔しさで枕を涙で濡らした。
それでも止められなかった。
アイツがヒートになったら、俺を選んで欲しい。
βじゃ役に立たないだろう?
俺じゃないと、αじゃないと慰められないんだ。
だから―――

そんな妄想が、いつだって頭を占めていた。
でも昼間はそんなことまるで無いように、クラスメイトとして振る舞い続けた。
いつか、いつかヒートが来たら選んでくれるかもしれない。
そんなありえない希望を抱いたまま。
いつだってアイツの傍に居るβに嫉妬の炎を燃やしながら。

だがそんな【いつか】は、一生訪れることがなかった。

甘い甘い、Ωの香り。
廊下で突発的なヒートを迎えたΩが居たのだと知ったのは、ずっとずっと後だった。
俺はこの後の記憶が、ぷつりと途切れているのだ。

覚えているのは、断片的な記憶。
必死に俺を拒絶するアイツ。
俺をアイツから必死に引き剝がそうとするβ。
血塗れの床で、必死に叫ぶ俺。

『離せ!触るな!俺の………俺のΩだ!!!』

そこに居たのは、一匹のケダモノだった。
何が俺のΩ、だ。
アイツは血塗れで顔をパンパンに腫らして、同じく傷だらけになっているβの腕の中でぐったりとしている。
それは俺がやったことだ。
こんなにも凶暴なαが、選ばれる筈ないだろう。
それでもその時の俺は、アイツを手に入れたような心地になっていたんだ。
俺とアイツを周りから、更に言うならばあのβから引き離されたんだと俺は被害者ぶってさえもいた。

そんなの、幻想でしかないのにな。

全てが終わった後、俺はアイツの家に謝罪をした。
ヒートに当てられたことは、言わなかった。
そんなの言い訳以下だ。
だって、実際に俺はヒートを起こしたΩが近くに居たにも関わらず、アイツをわざわざ探し出して犯したんだから。
そんな俺に、アイツの家族は二度とアイツの前に姿を現すなと言った。
その直後、父の海外転勤が決まった。
多分、確実に姿を現さないようにする為の処置だったのだろうとは思う。

家族には、本当に申し訳なかった。
それでも家族はそんな俺を許してくれた。
俺の罪を、一緒に背負うと言ってくれた。
俺はそのありがたさを胸に、慣れない環境で毎日を必死に生きた。

後進国にある支社ではあったが、仕事は定期的に回って来たから俺達家族は無事に生活出来ていた。
それはアイツの家のおかげだった。
当然許してもらえた訳じゃない。
俺ではなく俺の問題に巻き込まれ背負わされた家族に対する温情だ。

俺は勘違いすることなく、それでもこの国で生きて死のうと覚悟する。
それが俺に出来る、唯一の罪滅ぼしだから。



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