俺の好きな人は、キラキラとしていて綺麗で可愛い。
確かに少し喋りや理解が人よりゆっくりだが、だからこそ汚れないでいつだってキラキラと輝いている。
どこにでも居そうな顔立ちだけど、一等綺麗だから雑踏に紛れても俺にはスグ見つける自信しかない。
あの子は綺麗なものや可愛いものが好きだ。
綺麗な石を見るとじっと見つめているし、子供向けの可愛らしいマスコットたちが描かれた文房具を好んでいるから間違いないだろう。
でもあの子は、きっと俺が嫌いだ。
「ううん!お姉ちゃんが祐希くんにお話あるから、祐希くんはお姉ちゃんの所に行ってください!」
いつからだろう。
あの子が俺に拙い敬語を使うようになったのは。
いつからだろう。
あの子の大好きな綺麗で可愛いものに溢れているあの子の部屋に、俺が招かれなくなったのは。
気が付けば俺はあの子の世界に弾き出されていて、あの子は俺に目も合わせてくれなくなった。
にっこりと笑顔でいてくれる。
でも、俺を拒絶する。
理由は分かってる。
あの子に劣情ばかり抱く俺が汚いからだろう。
あの子は汚いものが嫌いで、だからこそ敏感だ。
目も合わせてもらえないことに気付いたのは俺があの子で夢精した日から三日後のことだったから、ガチで凹んだ。
きっと俺の汚さに気付いたのかもしれない。
手を伸ばさないと届かない距離にまで離れられて、そうしてぽっかりと空いた俺が居た場所には、今は別の存在が居座っている。
『こーきくん、あのね………』
イヤホンの音を最大まで引き上げて漸く聞こえる程の小さな声を、一言も零すまいと必死に聞き入る。
【こーきくん】は望が拾って帰ってきた薄汚い人形だ。
綺麗で可愛いものの溢れる望の部屋には相応しくない汚らわしさ。
それなのに。
それなのに、俺は追い出されたあの宝箱のように美しいあの部屋に、あのクソ汚い人形は堂々と居る。
盗聴器を仕掛けに忍び込んだ時にあの人形が望のベッドで眠っているのを見た時は発狂しそうになった。
「姉の目の前で弟の部屋盗聴するのいい加減止めてくんない?」
「うるさい。望の声が聞こえないだろ。」
明日海の真っ当な発言をバッサリと切り捨て、俺は望の声に集中する。
学校で話し掛けると、ひどく困った顔をするようになった。
しかも近寄ると、心做しか距離をとるような真似までして。
ただでさえクラスが違っていて望の様子を見れなくなってヤキモキしているのに………。
授業にちゃんとついていけているのだろうか?
望は頭は俺よりも良いけれど、動作がゆっくりだから板書するのも苦労している。
復習ついでに望の分のノートを作り渡してはいる。
けれどもそれじゃあ足りない筈だ。
やはり中学の時みたいに付きっきりで教えてあげないと。
そりゃあ一度理解してしまえば望の方が応用力も記憶力も良いから結局俺がそこについていけなくなるんだけど、でもそこに行き着くまでは俺が居ないとダメなんだ。
「………アンタのその気持ち悪さに、望が怖がってんじゃないの?てか私まで巻き込むの止めてくれない?」
誰がどう吹き込んだのか、望は俺とこの性悪猫被り女と付き合っていると思い込んでいる。
俺と同じくして望から近寄ってもらえなくなった明日海に関しては正直ざまぁみろとしか言いようがない。
だがこうして二人を置いて部屋に籠るのはマジでやめてほしい。
俺は望に会いたいし、望の話を聞きたいんだ。
こーきくんに話しかけている事のお零れなんかじゃなくて。
イヤホン越しの声でもなくて。
俺に向かって話しかけて欲しい。
俺に対してだけ声を聞かせて欲しい。
『ねえ、みてこーきくん。僕、ボタンちゃんととめれるんだよ。』
「えつ!?ボタン留められるようになったの望!すごい!偉いよ!」
「マジで!?えっ、ちょっと祐希くん退いて!私にも聞かせなさいよ!」
「嫌に決まってんだろ、寄るな触るな。」
イヤホンを奪おうとする明日海の掌を避けながら、俺は内心大興奮で望のことを褒め称える。
望はどうしてもボタン留めなどの作業が苦手で、全く留めれない訳ではないのだが段違いになったりすぐ外れたりして、いつも泣きそうになりながら焦って留めようとしていた。
望と明日海の父親が、そんな望のことに理解を示さず怒鳴り散らして急かすからだ。
だから俺や明日海がそっと間に入って留めてあげる。
留めれること自体が偉いんだと褒めてあげれば、望は嬉しそうに笑ってくれるから。
俺にとって、何よりも可愛らしい笑顔で。
因みに母親の方は困った顔をするだけで手助け一つしないから、俺ら的にはあの人が一番タチ悪いと思っている。
自分が一番可哀想だとでも思っているのだろう。
「てか早く望と仲直りして、望をここから連れ出してよ。」
「分かってる」
この家はダメだ。
明日海がなんとか庇ってはいるけれど、父親はよっぽど望を排除したいのか常に望を怒鳴り散らして萎縮させているし、母親は悲劇のヒロインぶるのに余念が無い。
明日海は高校卒業後働きに出て望を養うつもりではいるけれど、恐らくあの夫婦が許しはしないだろう。
それなら俺がお世話係のフリをして望を連れ出した方が早いだろうとは、俺の両親の談。
「望とずっと一緒に居るのは俺だ。」
望は覚えているだろうか。
俺と交した幼い日の約束を。
俺のお嫁さんになるんだよと言い聞かせた、あの日のことを覚えているだろうか。
いや、覚えていようがいまいが関係無い。
望は俺のお嫁さんになるんだから。
例え俺のことをあの子が嫌っていたとしても。
あの薄汚い人形に、心を奪われていたとしても。
あの子の旦那は俺だけなんだ。
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