ヒーローごっこよりも、おままごとの方が好きだった。
お父さん役よりも、お母さん役の方が好きだった。
でも幼心にそれを口に出すのはなんとなくおかしいって知ってたから口には出さなかったけれど、俺は【俺の思い描く理想のお母さん】になりたかった。
女になりたい訳じゃない。
でも、子供を産んで、育てたかった。
仕事ばかりにカマかけて金勘定も分からない子供に金だけやって子育てした気分に浸る俺の母親みたいな育て方じゃなくて、
他の子達の母親みたいな、ちゃんと叱ってくれるし抱き締めてくれる。
そんな母親になりたかった。
欲しい訳じゃない。
なりたかったんだ。
でも無理なのは分かっていた。
女の子は母親になれるけれど、男の子は母親になれない。
どうしようもない当たり前の事実は、思った以上に俺の心を痛めつけていく。
公園に迎えに来てもらう子供よりも、迎えに行く子供が居る母親達の方がよっぽど羨ましかった。
『おおとも かずし、です………』
ギリギリと悲鳴をあげる心の中で、和史くんとの出会いはまさに奇跡だった。
生きることに必死で朝な夕な働く母親と二人暮しの、俺と同じ年の子供。
和史くんの母親は俺の母親と違って和史くんをキチンと愛していたけれど、和史くんには何一つ伝わってないことが丸分かりだった。
―――俺の子に、しよう。
歪んでいると、当時から理解していた。
けれどもこの見目の良い寂しがり屋の男の子を愛したくて仕方なかったのだ。
勿論、その時は母親として愛したいと思ったし、それは上手くいくと確信していた。
何故ならば、俺がちょっと母親の真似事をしただけで和史くんはまるで母親を見るような目で俺を見だしたのだから。
俺は諦めていた【理想の子供】を手に入れてしまい、張り切るがまま歪んでいった。
勿論、そんな俺に【育てられる】和史くんも、当たり前のように歪んでいった。
『なんか最近母さんが母親面してウザい。』
中学生の頃になると和史くんはどんどん俺の事を母親として認識していったし、逆に実の母親の事は時折家に居る同居人として認識していった。
だからだろう。
俺の膝を枕にした状態で和史くんはそう言い始めた。
言葉だけ聞けばよくある反抗期の言葉だが、和史くんは反抗期とか関係無く本気でそう思い始めていた。
母親でもないくせに、と。
『この間もご飯食べて行きなさいって言われたけどさ、俺ちゃんと尊と一緒に食べてるし。』
『そうだね、和史くんは朝ごはんちゃんと食べてるもんね。』
子供を褒めるように撫でれば、和史くんは嬉しそうに笑う。
和史くんは自分の実の母親を含む他人に子供扱いされるのは嫌うけど、俺が子供扱いするのはすごく喜ぶ。
多分本人も無意識なところで、俺を母親だと思い始めているのだろう。
勿論、ただ甘やかすだけのことはしない。
【母親なのだから】、マナーや立ち振る舞いはしっかりと躾た。
勿論、俺自身がちゃんとしてないとダメだからヒッソリと努力を重ねて。
………まぁ、頭の出来だけはどうにもならなかったんだけど。
そうして和史くんを【俺の理想の息子】として育てていく内に、俺としては予想外なことが起きてしまった。
栄養やらライフスタイルやらに気を付けて食育していたらなんとビックリ、和史くんは思ったよりも俺の好みの体格に育ってしまったのだ。
そしてその上で僕が育てあげた完璧な立ち振る舞いという名の外面………ヤバい、惚れそうになる。
てか普通に惚れる。
和史くんも俺の事を唯一無二だとでも思っているのか、めちゃくちゃ甘いし。
俺の理想の息子で、俺の理想の彼氏?
最高じゃん。
進路変更。
完璧な外面良くて内弁慶で俺が居なきゃ何も出来ない息子ちゃんになってくれたので、
今度は浮気なんて考えられないくらいに俺に依存した彼氏になってもらおう。
その為にはまずは経験値稼いでもらわないとな。
今の状態の和史くんは俺しか知らないから、俺という存在がなんなのか比べようがないだろう。
だから俺は和史くんが俺以外の人を好ましく思うようにそっと誘導した。
丁度良いなと思ったのはいつも教室で和史くんのことを甘い瞳で見ては俺を射殺さんばかりに見ていたクラスメイト、長谷川さんだ。
和史くんがクッキーが好きだと言ったからクッキーを作り渡した素直さもとても好感が持てる。
あ、勿論、経験値としてね。
和史くん自身は気付いてないけど、和史くんは甘いものが嫌いだ。
俺が作ってるクッキーは、甘さを調節した生地とビターチョコのチョコチップで作られたクッキーであって、一般的なレシピじゃない。
当然そんなことも知らない長谷川さんはクッキーを渡し、見事に【俺以外が作ったクッキーは美味しくない】という経験を与えてくれた。
そうして和史くんと長谷川さんが付き合った半年間、和史くんはじっくりと俺と長谷川さんを比べ続け、結局俺の傍を優先させて別れてしまった。
かわいそー。
でもまだ一人だ。
足りない。
和史くんはチョロいから、ちょっと優しくされるとすぐその子いいなってなる。
でも和史くんは根が頑固だから、ちょっとでも嫌だなと思うと嫌だなって気持ちがいっぱいになって俺の方へと逃げて来る。
逃げ癖を付けるのは良くないから、あと何回か経験させたら懐に入れよう。
今度はそう、恋人として。
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