「お邪魔します!」
「おう。適当に寛いでろ。」
片道30分以上。
つまり往復1時間ちょいの道程を経て、興奮しきりな康介を漸く俺の家へと招き入れた。
なんでも楽しみにし過ぎて、今回観る映画の監督のことを予習していたらしい。
それでよく起きれたな。
観てる最中に寝るなよ?
てか楽しみだったのは俺とのデートよりも映画なのかよ。
「耀司くん!」
「あ?」
なんだか拗ねた気持ちで玄関の鍵を掛けていると、予め用意していたスリッパを履いた康介が俺の名前を呼びながら振り返る。
なんだその笑顔。
今まで見たことねぇぞ。
そんなに映画が楽しみだったのかよ。
「僕お家デートってしたことなかったから嬉しい。ありがとう。」
それでも、康介のそんな何気ない一言に、抱いていた不満やらが飛散していく。
ここまで他人に対して一喜一憂したことなんてあっただろうか?
見ないふりをし続けたいが、日に日にデカくなっていく知っているが知りたくもなかった感情が積もり積もっていく。
「うわっ!」
「どーいたしまして。ほら、とっととソファに座って待ってろ。」
それでも必死に誤魔化して、溢れる程の衝動は康介の頭を掻き混ぜて逃がす。
困ったように、それでいて嬉しそうに笑う康介の顔にまた心臓が軋んだけれども、
それすらも聞かなかったことにしながらBlu-rayの再生準備をする。
逃げてばかりだが、もうそれしか手段が無かった。
「ポップコーンでも食うか?」
「ううん。大丈夫。」
ソワソワと所在なさげにソファに座った康介は、俺の問いに緩やかに首を横に振ると、何故かそのまま………ソファに横になった。
あ?
やっぱり眠いのか?
「おい、映画観ねえの?」
「え?観るよ?」
きょとんと。
まるで俺の方がおかしなことを言っていると言いたげな顔をした康介に俺も思わず首を傾げる。
いや、観るならなんでソファに寝るんだよ。
確かにそのソファはソファベッドにできるタイプだから寝るのは別に良いけども。
「お家観スタイル。」
「眠くならねぇの、それ。」
「えっ!?耀司くんやったことないの!?」
だから、なんで俺の方がおかしいみたいな顔してんだよ。
てかお前、仮にも彼氏ん家に初めて上がったっつーのに寛ぎ過ぎじゃね?
いや、寛いでろって言ったのは俺だけども。
「それは勿体ない!」
「なんでだよ。」
「兎に角ほら、セットしてリモコン持ってこっちに来て!」
なんで俺ん家なのにお前が命令してんだよと思ったが、目をキラキラさせてソファをボスボスと叩くもんだから仕方なく言うことを聞いてやる。
多分、そこに俺も寝転がれって意味なんだろうな。
「じゃあそれ倒させろ。ソファベッドになるから。」
「うん!」
取り敢えず一旦康介を退かして、ソファをソファベッドに変えてやれば、康介がすかさず奥の方に寝転んだ。
お前マジで寛ぎ過ぎだろ。
お前ん家かここ?
てかお前が奥側なのか?
「俺がそこじゃねぇの?」
「初心者耀司くんのサポートだから僕がこっち。腕枕してあげる。」
お前が腕枕する側かよ。
なんで男に腕枕されなきゃいけねぇんだと思ったし言葉にしたかったが、
あまりにも楽しそうに康介が言うものだから、結局溜息ごと言葉を飲み込んでやることにした。
「………じゃあご教授されてやるよ。」
「うん!おいでおいで!」
リモコンは康介に渡し、ほっせぇ腕に頭を乗せて寝転んでやる。
つかマジで細い。
小枝か?
今まで付き合ってきた女達のがまだ太いし柔らかいぞ。
ほっせぇ。
重くねぇのか?
腕枕をさせたことはあってもしたことがないからポジションが分からん。
取り敢えず康介の薄っぺらい胸に後頭部を預けるようにして映画を観ることにした。
「………重くねぇ?」
「んーん。上手に乗ってくれてるから、全然重くないよ。」
リモコンをいじりながら康介はそう言って、俺の頭を器用に撫でた。
家デートはしたことないと言っていたが、男に腕枕をしてやるのは初めてじゃねぇんだな。
面白くねぇ………
「………ん?耀司くん?」
「なんだ。」
「映画、観ないの?」
明確に感じた嫉妬の気配を飛散させるために、俺は身体を反転させて康介の薄っぺらな胸に顔を埋めてやった。
観ないもなにも、俺観たし。
そのBlu-ray俺のだし。
「観てる。」
「聞いてるって言うんだよ、それ。」
ケラケラと笑う振動が、穏やかな心音が、俺の身体にもろに響く。
けれども全然不快じゃないし、寧ろ心地が好い気もする。
ゆっくりと目を閉じてしまえば、始まった映画のオープニングよりも、康介の心音と息遣いだけが俺の耳を支配した。
「寝る?」
「寝ない。」
康介の問いに反射的に抗ってみたけれど、一定の心音というものは思ったよりも眠気を誘うもので。
オープニングが終わって俳優が喋りだしたなと思ったのが、最後の記憶だった。
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