2

『この映画観に行きたい』

翌日の昼休みにきたメッセージは、その一言とその映画の公式サイトのURLだった。
それは最近CMも頻繁に流れている話題のアクション映画で、俺も行ってまで観たい!という訳ではなかったがそれでも気になっていた映画だった。
やっぱコイツと話合うんだよなぁ………。

『良いぞ』
『どこの映画館行くんだ?劇場指定あるか?』

売店のラインナップは変わらなくても、劇場によって特典だったりポイントの付き方が違う。
俺と話が合うくらいに映画観に行ってるんなら、その辺の拘りだったりあるのかもしれない。
俺的にはUシネマが良いんだけどなぁ………。

『指定して大丈夫ならUシネマが良い』
『でも絶対って訳じゃないから、他が良いならそこで大丈夫だよ』

わりと間を空けずに届いた返事に、思わず口角が上がる。
ほんと話と趣味が合う。
今まで付き合ってた奴らにも映画が好きだって自称してた奴は居たが、ガチガチ過ぎるやつかミーハーなだけか………
とにかく程度が合わなさ過ぎて逆に疲れてしまう奴らばかりだったから、純粋に嬉しい。

「なに?蘭、新しい彼女でもできたのか?」
「あー?」

向かいに座っていた同僚がにやにやと笑っているので、なんで分かったのかと首だけ傾げてみる。
彼女ではないし別れる前提ではあるが、一応アイツは恋人だしな。
とはいえ前の女は別れたことを話すまで気付かれてなかったのに、なんでだ?

「ここ数日スマホ見ながらニヤニヤし過ぎ。よっぽど惚れてんの?」
「まさか。そこそこ話が合うだけだ。」

惚れてはない。
それだけは実際言える。
確かに話が合い過ぎてメッセージのやり取りも、帰り道の最寄り駅までの会話も楽しみにはしている。
康介は意外と聞き上手というやつなのか、何の無理もしなくても会話も話題も尽きないしな。

「そのわりには楽しそうじゃねえか。今までの彼女達とメッセする時のお前の顔、どんな顔か知ってるか?すっげぇ不機嫌顔だったぞ。」

そんなことねえよと反論しようと口を開き………止めた。
自覚はあったからだ。
でもしょうがないだろ?
どうでもいい今食べてる昼飯の写真だの、内情もよく分かんねぇ会社の愚痴だの聞かされたところで、返信に困るだけだ。
でも返信しねぇとめちゃくちゃ面倒なことになるから、返信考えねぇといけないし。
ぶっちゃげ飯どころじゃなかったんだよな………

「確かに楽しいのは認める。」
「素直じゃねぇな。話が合う上に楽しい奴って貴重だぞ?」

確かに。
このご時世、楽しい奴や話が合う奴と出会うのは簡単だが、大体どちらか片方だけの話だ。
酷い時はネット上だけの嘘で、リアルだと違うなんてこともある。
そんな中でどっちもの存在なんて、滅多と出会える訳じゃない。

「………惚れてねぇよ。」

でも康介は、いずれ手を放さなければいけない存在だ。
それでも俺の性格上、本気になってしまったら手放せなくなるのが容易に想像がつく。

居心地が好いだけ。
今までは気にも止めてなかった奴が、価値が上がって話の合う男友達になったってだけの話。
そう思い続けないと、俺はアイツを手放せない。

「訳あり?あ、不倫とか?」
「違ぇよ。不倫とかマジでねぇ。」

定食の焼き魚を箸で摘みながら、それだけはキッパリと否定する。
浮気以上に気持ちが分からんし分かりたくもないのが不倫だ。
結婚までしておきながら、色んな恋愛したいなんて甘えたこと言ってんじゃねぇよ。
じゃあ結婚すんな。

「不倫話になると分かりやすく不機嫌になるな、相変わらず。」
「まあそれが原因で家庭崩壊した被害者側の人間だしな。」

そして多分、父親からしてみれば俺は加害者側でもあるんだろう。
母親が不倫した果てにできた子供だからな、俺は。
育ててはもらったが、見るのも関わるのも辛かっただろうと思う。

「結婚願望無いのはそれが理由か?」
「あー………でも結婚って、結婚してぇって思えるからする訳だろ?」

トラウマになっている訳ではないと思う。
ただ、そこまで思えるような相手に今まで出会ってないだけだとは、思う。

「今の子はどうなんだ?案外、結婚したいって思うかもよ?」

相手が男だとは当然思っていない同僚が、生姜焼きを噛み締めながらそう言った。
コイツ自分が結婚したからって人に結婚勧め過ぎだろウゼェ。
そもそも康介は男だし、俺達は一応恋人ではあるけれどお互い好き合ってる訳じゃないしな。
結婚なんて、夢のまた夢だろう。
そんなことを思いながら、打つだけ打って放置していた返信を送る。

『構わない。会員カード持ってんのか?』
『持ってる。ポイントどうする?』

どうする?はどっちの会員カードにポイント貯めるかって意味だろうなと思い、思わず吹き出してしまう。
今までの奴らとは違う、みみっちい会話。
でもそれすらも楽しく感じるのは、多少雑に扱ったところで平気だという気安さからだろう。

『俺が貯める』
『あと2ポイントで6ポイント貯まるからな』

Uシネマは6ポイントで映画1本無料で観れる。
その無料分を康介に使っても良いかもしれない。
100%喜ぶだろうから。

「デレデレ………やっぱベタ惚れじゃん。」

呆れたような表情を浮かべる同僚の言葉は聞かなかったことにして、俺はネットで明日の席とチケットを購入した。



拍手