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俺にはもう一年半も付き合っている恋人が居る。
絶世の美女………とかではない。
今までは見栄を大いに含んで美人でプライド高い女とばかり付き合っていたが、今付き合ってる奴はその真反対。
地味で仕事も遅くて鈍臭い、冴えない男。

そう、男だ。

生粋のヘテロセクシャルの俺が、なんで男と付き合っているのか。

切欠はクソみたいな話だ。
俺は自分で言うのもなんだが顔がイイが性格が悪い。
けれど愛想の使い分けは人一倍上手いと自負しているし、実際に取引先からの評判だって上々だ。
だからこそ、俺はいつも飄々としているくせに俺に並ぶ好成績を出してくるとある同期が気に食わなくて仕方がなくて。
ガキっぽいと笑われようが嫌がらせの一つでもやってやろうかと思ったことが、そもそもの切欠だった。

ガキっぽいことを考えているとはいえ、仕事に対してはプライドがある。
仕事で足引っ張ったりなどの嫌がらせだけは絶対にしたくはなかったから、
じゃあ私生活で何か隙がないかと観察していた時に、俺はふと気付いてしまったんだ。

アイツがチラチラと、別の部署のとある仕事も出来ねぇ地味な男を見ていたことを。

最初は何故見ているのか分からなかった。
アイツが見ていた男は要領が悪く不器用で、人から仕事を押し付けられたら断れなくて仕事を増やす、社会のお荷物のような男。
見ててイライラしたし、じゃあアイツもそれで見ていたのかと思っていたのだけれど、どうやらそれは違うらしい。

何故違うのか分かったかというと、見てしまったんだ。
男が落としたボールペンを、恍惚の表情を浮かべながら拾ってハンカチに大事に挟んで何食わぬ顔して懐に入れるアイツを。

明らかな窃盗。
それもあまりにも鮮やかな手口での窃盗に、最初何をしたのか全く理解が出来なかった。
しかしその表情の意味と行動そのものに理解出来ると同時に、なんとも言えない気持ち悪さと吐き気が込み上げてくる。

アイツ、まさかあの男に惚れてんのか?
あんな仕事も出来ない、見た目だって地味で平凡な男に?
てか今のストーカーがやるような行為だろ!

別にゲイとかバイとかを嫌悪するつもりは全く無い。
どっちかといえば興味がある方だしな。
だけどその相手にわざわざあの男を選ぶ意味が分からないし、そもそもあんな気持ち悪いストーカー行為、理解も共感もしたくない。
だが俺はそう思うと同時に、ある事を思い付いてしまった。

―――あの男が俺のお手付きだと知ったら、アイツはどんな反応をするだろうか?

押しに弱そうな男だし、どうせ恋人も居ないだろう。
ゴリ押しすれば恋人くらいにはなれるだろうし、まぁヤれるかと言えば微妙だがなんとかなるだろ。
前から男同士のセックスは興味あったしな。
暴れりゃ縛れば良いし、とっととヤるだけヤって捨てよう。

「ごめんなさい、その………好きな人が居るので………」

そんな人権を無視した最低な思い付き。
思い付いたまま誰にも知られないようこっそりと呼び出して告白してみれば、男はお手本のような謝罪姿勢を見せながら断ってきた。
しかも男同士だからとか、罰ゲームだろうと疑うとかそんなんじゃなくて、ガチレス。

俺が本気で告白していると思ってんのか?馬鹿か?

俺はそう思いつつもコイツ冷静に断れるんだという事に驚愕したし、ほんの少しだけだが見直しもした。
告られたら慌て出すかキレるかするだろうから、その隙に押せば頷かざるを得ないだろうと思っていたのに。
意外にも、自分の意見を持ってんだなコイツ。

「ソイツと付き合ってんの?」
「そんな!付き合うなんて烏滸がましい………」
「じゃあイイじゃん。付き合ってよ。」

とはいえ作戦変更なんて面倒だから、結局のところゴリ押しにゴリ押しを重ねて恋人の枠に収まった。
お試しとして三ヶ月だけ、あと社内では知られたくないから話し掛けないで欲しいというのが条件だったが、そんなもん願ったり叶ったりだった。
勿論、そんなこと口には出したりはしないが。

「じゃあ、取り敢えず帰るか。」

一応恋人になったんだし、と手を伸ばしてみれば、何故かきょとんと首を傾げられる。
なんでだよ、と思わず呟けば、いやなんですか?と返される。
今の時間帯はもう社員も殆ど残っていない時間帯で、残ってる奴なんてコイツみたいな残業している奴らくらいだ。

「手ぇ繋いだって、誰も見ないだろ。」
「いやいやいや、そういう問題じゃないでしょ!」

………なんだ、コイツ意外とハッキリ声出せるのか。
案外、ただ見ているだけだと人となりなんて分からないものなんだなと気付く。
そういう意味ではコイツと付き合ってみるのも、もしかしたら悪くないのかもしれない。
まあ、用が済んだら捨てるんだけどな。



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