「たっだいまー!」
「おや、噂をすればなんとやらだね。」
「橋姫!橋姫!」
不在だったが故に話題の中心だったかわい子ちゃんの帰還で、ただでさえ賑やかな空間がよりいっそう賑やかになる。
特に細君の喜びたるや、ただでさえ毛だらけだった紫明の顔や体を更に毛だらけにするほどの喜びようであった。
「ごめんね、奥方様。久しぶりに【外食】してきちゃった!あ、紫明さん名前借りたよー!」
朗らかに笑いながら、ろくでもない告白をする。名前の大切さを分かっているが故の態度、全く以てタチが悪い。
紫明は軽く溜息を吐いたが、言ったところで無駄である。
なんて言ったって、この男は可愛いのだから。
「そりゃそりゃ………高くつくぞ。」
「出世払いで!」
一体なんの出世だと思わないこともないが、そろそろ良くも悪くも格式を上げそうな彼だ。
本当に出世払いをしてもらえるかもしれない。
それならば、ひっそりと帳簿に記しておいて損はないだろう。
それにしても、余程美味しい食事だったらしい。
可愛らしく本人も気に入っていると言っていた洋服は、トップスからスカートまで生臭い血液でベッタリだ。
「よもや怪我をしたのではあるまいな。」
むっすりと頬を膨らましながら、細君はそう言った。
これでかすり傷のひとつでもあろうものならば、監禁せんばかりの雰囲気だ。
それは困る。
彼にはあの橋の主で居続けなければならない使命があるのに。
「ううん、全部返り血だよ。活きがいい内に食べちゃったから、汚しちゃった。」
人前だと言うのに、なんの迷いもなく服を脱ぎ捨てていく。
なるほど確かに、絹のように白い肌には古傷以外に傷は見受けられない。
どうやらとても楽しい楽しい【ランチタイム】を過ごしたらしい。
「可愛いって褒めてもらったけど、もう要らない。」
脱いだ服を乱雑にゴミ箱に捨てて、半裸のまま家主の膝の上に座る。
マナーも何もあったものではない態度だが、これが彼の魅力でもある。
紫明も家主も、そして細君も特に咎める事なく好きにさせた。
「随分と楽しかったようだね。」
「うん!やっぱり此岸の人間が一番美味しい………あ!しまった!!」
「うん?」
「旦那様にお土産持って帰れば良かったね、ごめんなさい………」
しょんぼりと。
彼はまるで悪戯が見付かった子供のような顔をしてみせるのだから、なんともなんとも卑怯な奴だ。
どうすれば咎められないか、愛らしいと感じてもらえるか。
それを理解しきっている仕草だ。
「構わないよ。それにしても、此岸の人間が橋を越えるなど珍しい。」
「そうでもないよ?最近増えてる。」
まるで猫の子のように家主に身を任せながら、彼は妖しく笑っていつの間にか手にしていたテレビのリモコンを操作する。
分厚いブラウン管の、最近接触が悪くなったテレビが暫しモノクロの砂嵐を映した後、
夕方のニュースを読み上げる地方女性アナウンサーを不鮮明に映し出した。
「情報が増えると人間が弱くなるんだね。あの子もそう。
恋人が浮気してたショックでの自殺未遂だったよ。SNSで知ったんだってー。でもその男と知り合ったのもSNS。」
「で、最期は汝のような雄に喰われて死んだのか。難儀よなあ。」
「ひどいなぁ、奥方様。」
ほんの僅かな時間で語られた、人通りの少ない山中で屍体が見付かったとのニュース。
恐らく、これが今回の【ランチ】だったのだろう。
詳しくは報道されていないが、この屍体が喰い散らかされたような屍体ならば間違いない。
可哀想に。
親元に戻るまで、一体どれだけの時間がかかる事だろうか。
「そうだな。お前はただ、【死にたい】と想ったが故の行動を叶えてやっただけだからな。」
「でしょー?俺は世界で一番、優しいの」
カラカラと笑う声に、一体どの口が言っているんだと紫明は思わず呆れてしまった。
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