「いい加減離せ!」
「離してやるけど戻るなよ!?」
「これ以上やったらガチのストーカーだからな!」
掴まれた腕を解放しろと暴れる燎平に釘を刺して、俺達はそっと手を離した。
あの男のどこが良いのかは分からないけれど、アイツに恋をしたらしい燎平は大分ヤバい。
今まで女遊びが派手だったクセに、刺される前に止めたのは良いことではあるがだからってストーカーして良いとはならんだろう………。
ついこの間まで男に一目惚れしたかも!おかしい!と騒いでいたかと思えば、チラチラチラチラとソイツばかり見て。
最初はお前バイだったのかよとからかっていた俺らだったがあまりにも目で追うわ探すわで鬱陶しくなったから、
いっそ声でもかけてんでもってキモがられて来いと発破をかけ、当然のようにあえなく撃沈。
当たり前だろうと笑ったのだが、このモテ男はどうやら撃沈した事で逆に火が付いてしまったらしい。
まぁ女なんて声掛けりゃ楽にヤれるとか言ってた位だもんな。
『昨日映画館で鉢合わせたんだ!やっぱり運命の人なんだよ!』
徹底的におかしくなったのは、アイツと映画館で鉢合わせたばかりか同じ映画を指定席なのに関わらず隣で観れたとはしゃぎだしてからだ。
まぁ、言いたいことは分かる。
惚れたかもしれねぇ奴とそんな偶然が起きたら期待はするよな。
でも考えろよ、アイツも男だぞ?
こんな偶然あるなんて!運命ね!ハァトとはならんだろ。
仮に、仮にだがアイツがゲイかバイだとして。
だからっつってもそもそも燎平は女好きのヤリチンで入学早々から99%真実な噂ながれてんだから、普通にノンケだって思われるだろ。
ノンケと偶然会えたとしても、こんな偶然あるなんて!以下略とはならんぞ?
考えればガキでも分かる事だ。
だというのに燎平の馬鹿は馬鹿さ加減が突き抜けてしまったらしく、
ドン引きするようなペースでメッセージを送り、しかも巧妙にバイト先などの個人情報を聞き出しては教えてもらったとはしゃぎだす。
まずアイツ………燎平に惚れられてしまった哀れなアシヤくんに言いたい。
個人情報をよく知らない奴にホイホイ教えるんじゃありません。
そして燎平の思った以上にガチでメンヘラなストーカー予備軍っぷりに、今までまぁお前がゲイでも構わんよと静観していた俺達は流石にヤバいと焦った。
例えばアシヤくんが気が強いとかならまだいいが、どう見てもアイツは気弱な陰キャだ。
しかも偏見だが恐らく童貞、或いは経験人数少ない筈。
燎平みたいにアホみたいに暴走中の無駄に経験値詰んだ奴とはあまりにも違い過ぎる存在だ。
合わない。
立場が違い過ぎる。
別にアイツが平凡な見た目で燎平がイケメンだからとかそんなクソみたいな理由じゃなくて、
燎平がクソ過ぎてひたすらアイツが苦労しまくるのが目に見えているから合わないって話だ。
だってそうだろ?
どう見たって普通で穏やかな恋愛が似合うような奴が、女遊びしまくってヒモ体質な燎平に合う筈がないんだ。
どうせ燎平の事だから初めて思い通りにならない恋愛となったから夢中になっていただけであって、
どうせ仮に奇跡が起きて付き合えたとしたら秒で飽きるに決まってる。
アシヤくんのことはろくに知らないが、だからといって友人がオモチャにして壊そうとしているのを黙って見てていい訳じゃない。
寧ろ友人として止めてやるべきだろ。
「ストーカーってどういう意味だよ!」
「そのままの意味だよ!お前アシヤくんから友人とすら認識されてねぇじゃねぇか!」
「そんな奴から貰うあのメッセージ量はそもそもキメェぞ!?嫌われる前に止めとけ!」
百歩譲って………
否、一万歩譲ってアシヤくんが燎平のことを友人と認識していたのならば、俺達だって顎クイ位はギリギリセーフと認識してまだ黙って見ていた。
いや、友人だとしても顎クイは過剰なスキンシップだがな!?
だというのに燎平が友人だと自称した時のアシヤくんのキョトン顔ときたら………
変態の前に隙を見せるんじゃありませんと怒鳴りたくなるくらいには可愛い………違う、無防備だった。
「メッセージの量も考えろ。やりとり出来て嬉しいのは分からんでもないが、半分以上は減らせ。」
「バイト先に押しかけるとか、待ち伏せして偶然装うとかも止めろよ?」
俺達の言葉に、燎平はその手があったかという顔をした。
反応したの絶対待ち伏せの件だ!
馬鹿か!コイツ正真正銘の馬鹿か!?
「止めろって言ってんだよ!嫌われたくないだろ!?」
「でも無理に接点作らねぇと話すらロクに出来ねぇだろ!東雲と門倉から邪魔ばかりされるし!」
逆ギレしてんじゃねぇよストーカー野郎。
でもストーカーしなきゃ作れねぇ程度の関わりなら、本気で諦めた方が良いと思う。
燎平の為にも、アイツの為にも。
申し訳ないが燎平の日頃の行いが悪過ぎてアイツが不幸になる未来しか見えねぇんだよ、俺は。
多分東雲や門倉がバチバチに牽制して当たりを強くしてるのも、重さは違えど同じ気持ちだからだろう。
どうせ一時的なモノ。
最終的に泣くのは弱い方、つまりアイツの方だと。
「落ち着けよ、燎平。」
取り敢えず一回落ち着いて欲しい。
冷静に考えて、燎平はアイツの人生の舞台に上がれるオーディションすら受けてない状態なんだ。
モブ以下、オーディエンス程度。
観客が勝手に舞台に上がった所で、警備員が引き摺り下ろすに決まってるだろう。
「接点とかそんな事考えてねぇで、まともな距離の詰め方しろ。それで意識してもらえないなら、お前はその程度ってことだ。」
そもそも学部が違うのは、東雲と門倉だって同じことだ。
あの二人は俺達と同じ学部な訳だし。
だがあの二人は確実にアイツの友人として舞台にちゃんと上がっている。
もしかしたら大学の外で何か接点があるのかもしれないが、それでもほぼ毎日一緒に飯食って笑い合ってと出来ているんだ。
キチンとやれば、燎平だって友人のロールを貰える可能性はゼロではではないのだろう。
恋人の役を貰える可能性は限りなくゼロだと思うが。
「折角連絡先交換したんだしさ、普通に休み合わせて遊び行ったりとかしたら良いじゃん。さっきお前が言ってたみたいに。」
俺と一緒に燎平を押さえつけていた奴も、諭すようにゆっくりとした口調でそう言った。
焦り過ぎなんだよ。
一目惚れなんて玉突き事故みたいなもんだ。
一番最初にぶつけられた奴も、その周りもたまったものではない。
だからこそキチンと………普通の恋よりも慎重にやらないと得られる物も得られなくなってしまう。
「別に邪魔してる訳じゃないんだよ。お前がゲイでもバイでも、俺達はちゃんと応援する。」
「でもだからって相手に迷惑かけるのは違うだろう?」
お前だって嫌がってたじゃないか、グイグイ来られるとウザいって。今お前はアシヤくんに全く同じことしてるんだぞ。
俺達の言葉に漸く落ち着きを取り戻したらしい燎平は、しゅんとした表情を浮かべて小さく口を開いた。
「………どうしたらいい?」
「取り敢えずメッセージ量を人並みにして、個人情報を無理に探るの止めろ。」
「んでもって遊びに誘え。いいか?デートじゃないぞ。俺達と遊ぶ時みたいに、ただ遊ぶだけだ。」
釘を刺すことは忘れずに、アドバイスを送る。
遊びに行くだけでも、相手の好みくらいは分かるだろう。
この街はパートナーシップ制度がある為、ゲイカップルを見かける時もある。
リトマス紙にして申し訳ないが、そういうカップルを見た時の反応で男同士に対してアリかナシかも分かる可能性だってあるし。
「………頑張る」
「おう。人並みに頑張れ」
「まずは友達に昇格しろ。圧かけたみたいな自称友達じゃなくて。」
友達のロールで舞台に堂々と上がって、話はそれからだ。
それがジョン・ドゥのままで終わるのか、それともキチンと名前付きになれるのか別にして。
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