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映画を観るのは好きだ。
あまり一人で行動するのは好きじゃないけれど、映画だけは別だ。
一人でゆっくり観て、パンフレット片手に一人でゆっくり余韻に浸る。
他人と観るのも楽しいけれど、話が噛み合わなくて悲しい思いをする事があるからどっちかといえばあまり好きではない。
人の少ない、いつ潰れるか分からないような映画館。
初日を過ぎても余裕を持ってパンフレットや物販が買えるし、
指定席も公演時間ギリギリで買ったとしてもわりと良い席が空いてたりするから交通の便はめちゃくちゃ悪いけど個人的穴場スポットだ。
平日なんて上手くいえば貸切状態みたいな感じで映画が観れることもある。

「すいません、この映画のパンフレットとポップコーンセット………バター醤油と烏龍茶でください。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」

ポップコーンはバター醤油派だ。
炭酸は飲めないので紅茶にするか悩んでアイスの烏龍茶にした。
トイレに行きたくなるのが欠点だが、飲みきれなかったら普通に持って帰って美味しく頂けるので好きだ。

「あれ、あしやくん?」
「………え?」

ポップコーンセットの用意が出来るまでをウキウキで待っていたら、聞き覚えのある声が俺を呼んだような気がして思わず振り返る。
でもそんな筈はない。
どうか同姓の別人であってくれと思うも、残念ながらこの場にはポップコーンとドリンクを準備してくれている店員のお姉さん、そして俺と―――

「あしやくんだ!うわっ、偶然だなぁ!あしやくんもここの映画館よく利用するの?」

この間の、イケメンくんが眩しいまでのニッコニコな笑顔で立っていた。
え?なんで?
先程も言ったと思うが、ここはいつ潰れてもおかしくない程に寂れた映画館だ。
今は午後一時。
普通の映画館ならば人が溢れるような時間なのに、もぎりの人もつまらなそうに突っ立っているくらいには人が少ない。

「お待たせ致しましたー」
「あ、はい。ありがとうございます!」

あまりの人の少なさにもはや商品名を言わずとも誰が何を待っているのかなんてすぐ分かるほどの映画館に、
何故彼のような見るからに陽キャで常に人を侍らせているような人が………一人で?

「すいませーん。キャラメルポップコーンおかわりで一つとドリンクM………んと、ホットの紅茶お願いします。」

おかわり!?
おかわりは鑑賞後の映画の当日半券を持っていると受けれるサービスで、ポップコーンの値段が半額以下になる。
つまりイケメンくんは朝から映画観た帰り………なのか?

「あしやくん何観るの?」
「えっ?あっ、その………」

おかわりの衝撃が強過ぎて思わず見ていたら、イケメンくんがニコニコと眩しい笑顔はそのままで話し掛けてきた。
まさか話し掛けられるなんて思わなくて、馬鹿正直に観る予定の映画のタイトルを告げれば、イケメンくん………
確かあきもとさん、だっけ?の笑顔がますます眩しくなった。
眩し過ぎて目が痛い。

「マジか!俺も今からそれ観るんだ!この時間に居るってことは字幕だよね?俺も!一緒にスクリーン行こう!席どこ?」
「えっ?えっ?あの、映画観たんじゃないの?」

半券を出していたってことは、彼はもう既に一本映画を観たということではないのだろうか。
確かに俺は後二十分後に始まる字幕版を観るためにこの時間に居るのだが………

「あ、これ?午前十時の映画祭観たんだ。好きな映画が流れてたからさー。」
「お待たせ致しましたー」
「あ、どうも。六番スクリーンだったよね、行こう!」

午前十時の映画祭を観たのか………。
その名の通り平日の午前十時に上映が開始する、古い映画だけを流しているスクリーンだ。
名作からちょっとマニアックなものまで様々で、俺も上映前の宣伝で存在は知っているけれど実際には観たことはなかった。
この人相当な映画好き、なのか?

「いつもは気になる映画は極力公開初日の最初の上映時間選ぶんだけど、
今回はどうしても午前十時の映画祭観たくて時間ズラしてチケット取ったんだよ。おかけであしやくんに会えた。ズラして良かった!」

ペラペラと喋るあきもとさん。
イケメンって声もイケメンだよなと思いつつ聞いていると、ちょっと気になる発言が出てきた。
ズラして良かったって、何?
俺と被って損したって言うべきなのではないのか?
少なくとも、好かれる程話をしていないし互いを知っている訳でもない。
それなのに、彼はポップコーンとドリンクが乗ったトレイを持ちつつ嬉しそうに笑っている。

不思議な人だ。
誰にでも優しいタイプの人なのだろうか。
ちょっと垂れ目がちの優しげな甘いマスクで、シャツから覗く腕は線が細いけれどしっかり鍛えられていることがよく分かる。
素晴らしい人に優しくされたら、女の子ならすぐ勘違いするだろうな。

「あしやくん、席どこ?」

俺ここなんだけどとあきもとさんがスクリーン出入口に飾ってある席表を指した場所に、俺は驚愕してしまった。
まさかの………隣だ………。
素知らぬ顔して違う席に移動する?
でもそれは究極のマナー違反だし、もしもそこが既に埋まってたりしたらトラブルにしかならない。

「こ………こ………」
「マジ!?隣じゃん!やった!」

ぐるぐると悩んだ末に正直に告げれば、あきもとさんはただでさえ眩しい笑顔を更に眩しくさせた。
意味分からない。目が潰れる。
というか俺が席を買った時は隣は埋まってなかったから後から買ったんだよな?
あまり人が居るの気にしないのか………?

「俺このキャラクター大好きでさ!あ、これアメコミ原作なの知ってる?
だから一番良い席で観たくて、でもそこが埋まってたから結構悩んだけど隣取ったんだ!」

この人、案外オタク気質なのか………めちゃくちゃ早口だ。
なんならアメコミ原作なのは知ってる。
俺だってヴィランだけど好きなキャラが出るから観ようと思った訳だし。
すごく前の映画で出てたし俺の好きな監督が携わったんだけど、正直好きじゃなかった。
映画としては面白かったんだけど、俺の理想のあの人じゃなくて初めて見た時は泣いた。
でも今回は予告編観る限りだと俺の理想のあの人に近い気がして、
だからわざわざ講義をサボってまで公開初日に来たし早めに席も取ったのだけれど………。

「あ、ゴメンね。喋り過ぎて………あしやくんと一緒なのが嬉しくて………」
「いや、俺こそ気の利いた事言えなくて申し訳ないです………」

考え事をしていたら、あきもとさんがきゅっと眉根を寄せながら俺の顔を覗き込んできた。
まるで叱られたゴールデンレトリバーのような表情に、心臓がきゅうっとなる。
流石に失礼過ぎたなと反省しつつ素直に謝れば、あきもとさんは気にしないでと笑った後に早く入ろうと促した。
確かに、ここはまだスクリーンの入口。
他の人も来るかもしれないとそそくさとトレイを持って中へと入る。
え?でも待って、上映始まって終わるまでずっとこの人が隣なの?
当たり前な事実を意識した途端、ブワリと全身に緊張が走る。
俺は果たして無事に映画を観終わる事が出来るのだろうか………



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