産まれた時からの性癖というのはどうしようもなく、俺の初恋は幼稚園の頃の先生………
と言えば普通に聞こえるが、相手の先生は男の人だったと明かせば異常にしかならない。
高校の頃に必死にバイトも勉強もして、友人達にも内緒で遠方の大学に自分だけの金で進学したのは後戻り出来なくする為だ。
友人達は当然男だったし、俺はよりにもよってその中の一人を好きになってしまった。
これは友人達を騙していることになるんじゃないだろうかと思うと怖くて怖くて仕方なくて、受験とバイトを言い訳に彼らから距離を取った。
俺が好きになってしまった人は優しくて人をよく見ていた人だったから、
距離を取ったことにいち早く気付かれたしその事を聞かれはしたけれど、進学のためだと言い続けていれば直ぐに納得してくれた。
俺にとって彼は特別でも、彼にとっては替えの効く友人の一人だ。
どうせ俺の事なんて直ぐに忘れる。
親には卒業式の前日に土下座してカムアウトして、
今まで俺に使った時間は返せないけれど金はか必ず返すので待って欲しいと文字通り言い逃げした。
卒業式に出るつもりはなかった。
一つだけのトランクと一緒に終電に飛び乗って、取り敢えず今すぐ死んでも大丈夫な状態にはした。
進学先は教師以外には言ってなかったし、そもそもその時点では住む所すら決まっていなかったので、
居場所なんてもう両親も友人だった人達も誰も知らない。
親権者の同意のサインが必要な書類は名前書いてと言えばろくに見もせずに書いてくれていたから、面白いくらいにバレなかった。
携帯は元々俺の名義に変えていたし、支払い先も俺の口座にしていた。
念には念を入れて格安のキャリアに乗り換えもした。
未成年の内は機種変更には親権者の同意が必要だが、
昨今スマホなんてSIMフリーの端末買ってSIMさえ差し替えてしまえば簡単に機種変更が出来る。
万が一壊れたとしても何も問題がなかった。
問題があるとすれば居住だろうが、ここに関してだけは危ない橋を渡ることにした。
そんな俺がこの大学を選んだのは、知り合いが誰も居ないのは勿論だけれど、パートナーシップ制度を導入している。
こんな逃げてばかりの俺を受け入れてくれる人なんて居ないだろうという事は分かっている。
けれども同性愛者が居ても良い場所というのは、それだけで安心感を与えてくれる場所だった。
大学生活が始まって半年、
ひょんな事から俺を目にかけてくれるようになったレズビアンカップルの友人二人以外には怖くてカムアウトできてないけれど、
それでもカムアウトしても気にしないでいてくれる存在はとても貴重なモノで、俺は彼女たちに依存しないように気を付けながら交友を重ねていった。
「ねぇ、ココ空いてる?」
そんな時だった、彼に声をかけられたのは。
その日は食堂の日当たりが良くて、なんとなく学食で食べようかと友人二人………
門倉柚子稀(かどくらゆずき)と東雲百合子(しののめゆりこ)と話して決めた日だった。
門倉も東雲も目を引く程の美人だし、お互いが恋人であることを隠してないからいつも遠巻きに見られていた。
俺はそんな二人の間に挟まる空気の読めない奴と常に嫉妬の視線を受けていたけれど、
だからと言って二人との交友関係を辞めたくはなかったし、直接危害を加えられることはなかったから存外平気だった。
でも流石に直接声を掛けられるとなると恐ろしかった。
しかもこう言ってはなんだが、かなり好みのタイプのイケメン。
細マッチョな王子様系のイケメンに弱い俺は、だからこそ彼に初めて声をかけられた時怖くて怖くて仕方なかった。
この顔に嫌悪の表情を浮かべられたら、耐えられない。
何を言って返すべきなのか。
「どうして?貴方のお友達の所に行ったらどうかしら?」
「空いてる席いっぱいあるよー。目が節穴なのかな?」
内心すっかりパニクってしまい無言になってしまった俺の代わりに、東雲と門倉が罵倒混じりに言葉を返してくれた。
情けない………ごめんね………。
「東雲と門倉、だよね。俺別に君達に聞いてないんだ。ねぇ、隣座って良い?」
なんという事でしょう。
イケメンは俺の隣に定食の乗ったトレイを置きながらそう言うと、俯いてしまっていた俺の顔を覗き込むように許可を強請ってきた。
え?てかなんで俺?
あ、門倉達には断られたけど陰キャの俺なら押せばイケるだろう的な?
「ご………ごめん、ここ、人が来るんだ………」
本当は誰も来ないけど、俺は咄嗟にすぐバレるような嘘を吐いた。
嘘を吐くのは苦手だ。
罪悪感で胃がいっぱいになる。
「………そっか。分かった、そういう事にしておくね。」
やはり嘘なのはバレバレだったらしい。
イケメンはじんわりと怒りの滲む声でそう言って、もう一度トレイを手に取るとまたどこかへと行った。
きっと嫌悪したろうなと思うけれど、その顔を見ることはなかったのでホッとする。
目の前でそんな顔されるのは本当に無理だと思った。
「………なんのつもりなのかしら。」
「芦谷くん、あの人について行っちゃっちゃダメだよ!名前も教えちゃダメ!」
東雲があからさまに不機嫌そうな顔をすれば、門倉は何故か子どもに言い聞かせるようなことを俺に言ってきた。
ついて行くも何も、あの人と関わることはないだろう。
俺の名前なんて興味無いだろうし。
「分かった?」
「うん、分かった。」
しかしそれを言おうものならきっと二人がかりで説教をしてくるだろうから、
俺は素直に門倉の言葉に頷いてぼんやりとあのイケメンの顔を思い出す。
王子様みたいな人。
顔も声も理想的で、覗き込むように見られた時は正直ときめいた。
でもあの人に近寄れるのは努力を怠らない美しいシンデレラだけだろう。
逃げてばかりのモブなんて、舞台に上がってストーリーに関わることすら許されないのだから。
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