エレベーターに乗っている間感じたのは、なんともいえない緊張感ばかりだった。
息苦しくて唾を何度も飲み込むけれど、精神的なものだから当然息苦しさは拭えない。
早く止まって欲しいとも思うし、いっそ止まってくれるなと矛盾した願いも抱いてしまう。
エレベーター自体はそう大きくないからか、ひどく狭いようにも感じた。
それに反して、俺の隣でソワソワとしている転校生の顔色はどんどんと良くなっていく。
というか、顔を赤らめていく。
どれだけ楽しみなんだよ、彼氏と会うの。
つかさっきの話から察するに、お前と彼氏一緒に住んでるんじゃねぇの?
すれ違ってるみたいではあるけど。
ベルのような音がエレベーター内に響き、ゆっくりと扉が開く。
そして転校生はするりと、まるで猫のように俺達の身体の間を潜りエレベーターから出て行く。
真っ直ぐと、迷いのない足取りで奥の部屋まで進んで行く転校生。
きっともうアイツの頭の中は、彼氏でいっぱいなんだろう。
「早く進め。」
「は、はい!」
背中を軽く小突かれて、勢いのまま俺達もエレベーターから出る。
目的地は言わなくても分かる。
転校生が向かって行った一番奥の部屋。
そこに、きっとアイツの彼氏が居るんだろう。
俺達はどうなるんだろうか。
あの電話の声的にガチギレしてるようでもなかったとは思いたいが、年上で仕事………しかもどう考えてもカタギって感じじゃない仕事をしているような相手だ。
俺達が逃げ出さないようにわざとそういう風に聞こえるように言ったのかもしれない。
正直、近付けば近付く程に恐怖が増してくる。
今直ぐ引き返したいけど、俺らを逃がさないように男が俺達の後ろに居るから逃げられない。
俺達は意を決して、目的の部屋の扉をノックする。
「どーぞ。入って来いよ。」
電話で聞いた、低くて渋い、色気のある声。
こんな状況じゃなかったら、俳優や声優なのかと勘違いしてしまいそうな声だ。
どんな男なのか………。
待たせる訳にもいかないので、俺が代表してノブを回す。
手が震えてダセェけど、仕方ない。
「失礼、します。」
「おう、いらっしゃい。」
中に居たのは、美丈夫という言葉が相応しい男だった。
切れ長の目にすっと通った鼻筋に、形の良い唇。
そのどれもがバランス良く並べられた顔に、まるで自衛隊やレスキュー隊のように太く、それでいてボディービルダーのように魅せるために付けたのではないと分かる、大袈裟ではない筋肉。
スマートに組まれた膝の上に、まるで当たり前にようにちょこんと乗った転校生がまるでそういう人形のように見えてしまう程に体格が良く美しい男。
この世の男も女も皆虜にしそうなこの男が、あの至ってどこにでも居るような陰キャの転校生の恋人だというのか。
「大翔が、世話になったみてぇだな。」
「あっ、いや、」
一瞬、【ヤマト】が誰のことか分からなかった。
だが多分、話の流れから転校生のことなのだろうと察して、慌てて返事をする。
これで名前を知らなかったなんて言ったら、俺達はどうなるんだろうか。
「大人しい奴だと思ってたんだろうが、残念だったな。」
楽しそうに、膝の上に座っている転校生の頬を抓る。
しかし力は全然入ってないだろうし、なんならフリなんだろう。
転校生も幸せそうに笑っている。
「ま、座れ。んでもって、お節介なおっさんのありがたくもねぇ説教聞いて帰れや。」
男が笑う。
それは、死刑宣告のようにも思えた。
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