大翔が行方不明になったことは誰も気にもとめなかったけれど、あの家族が忽然と姿を消したことはちょっとした騒ぎになった。
家の中は家探ししたように荒れていたらしく、大翔が強盗して殺したんじゃないかという噂も飛び交った。
馬鹿だな、大翔がそんな手間しかかからないことする筈ないのに。
そもそも大翔はあの人達に、そんな価値すら抱いてなかった。
俺はあれから必死に大翔を捜した。
もう一度俺を【使って】欲しいと思っていたし、何より大翔が無事かどうかすら分からないのが恐ろしかったのだ。
大翔が【転校】したという学校に、大翔が通った形跡はおろか在籍していたという事実すらなかった。
ならば大翔はどこに?
大翔に会いたい。
会えないのならば、せめて無事かどうかだけでも知りたい。
俺のこの願いは、前者は一生叶わなかったけれど、後者はわりとあっさりと叶ってしまった。
「………璃己、ちゃん?」
「聖人くん!聖人くん!」
駆け寄ってくる見窄らしい女性が、かつての幼馴染で大翔の妹だと気付けたのは奇跡に近い。
あんなにも可愛らしくスマートだった璃己ちゃんは、ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロになっていた。
………一体、何が?
呆然とする俺に、璃己ちゃんは涙ながらに何があったかを話し出した。
なんでも父親が闇金に手を出して借金が膨らみに膨らみ、とうとう夜逃げしようかとなった時にヤクザが取り立てに乗り込んで来たとか。
その返済で所謂【風呂に沈められた】状態で、稼いだ金の殆どが返済金として取られていくと………。
「や、大翔は!?大翔は無事なのか!?」
「は?」
俺は璃己ちゃんの境遇に同情するよりも、大翔の安否の方が気になって仕方なかった。
だっていくら大翔が冷遇されていたとしても、血の繋がりはある。
否、冷遇されていたからこそ、酷い目に遭わされているのかもしれない。
「………なんで、なんで聖人くんまでアイツの事気にするの!?」
「………どういうこと?」
俺【まで】って、どういう意味だ?
まるで他に誰か大翔のことを気にしている奴が居るかのような言い方………
「そんなに気になるなら教えてやるよ!アイツ、ヤクザの偉い奴の情婦してんだよ!ゆうくんとか呼んじゃって、ブスの男のクセに!」
「ゆうくん!?」
心臓が軋む。
大翔がゆうくんと呼ぶ存在は一人しか居ない。
大翔が消息を絶ったと同時に消息を絶った、あの男。
だがアイツはホームレスの筈で………
「アイツ絶対余計なこと言ったんだよ!じゃないとおかしいじゃん!
なんで私達がこんな目に遭わなきゃいけないの!?なんでアイツばっかり………!」
「でも大翔だって長年君達に虐げられてきただろう?」
ホームレスのゆうくんとヤクザのゆうくんが同一人物なのかは分からない。
けれども俺は心のどこかで同一人物であって欲しいと願ってしまった。
それならばきっと、大翔は幸せな筈だ。
あんな風に笑い合うことのできる存在ならば、きっと。
「俺達も君達も、皆で大翔を虐げてきたじゃないか。………大翔のことを慮っていたのは、あの人だけだよ。」
俺も最初は虐げていた。
恋心を自覚してからも、海翔さんの目を気にして大翔を保護しようとしなかった。
学校でも距離を取ったし、ゆうちゃんになったのだってそれでも大翔に捨てられたくない一心からだ。
結局のところ、俺だって自分本位で大翔を振り回してきた。
「なにそれ!なにそれアイツが悪いんじゃん!」
「大翔は何もしてないだろう?それでもアイツは何も言わずに、努力と工夫をして生きてきた。」
伸し掛るクセに、寄り添おうとはしなかった。
だから大翔から呆れられたし、距離も取られたんだ。
でも大翔に選ばれたあの人は違う。
大翔の努力をきっと近くで見ていて、そして誰のことも気にすることなく大翔に手を伸ばしたんだろう。
卑怯な俺と違う。
例え彼がどんな存在であれ、正当に大翔を手に入れた人。
「だから大翔は報われて、俺達はバチが当たったんだ。」
あの人に肩車をされる大翔の笑い声が、耳にこびりついて離れない。
それはとうとう俺が得られなかったもので、そして生涯俺が焦がれ続けるものだった。
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