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御伽噺が欲しい。
幸せになれる御伽噺が。
でも俺は知っている。
それを貰うには権利があって、そしてその権利は俺なんかには一切無いんだということも。

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スクールカーストの底辺中の底辺。
成績は中の中。
頭悪くもないし良くもない。
顔は普通で特徴は無し。鼻ぺちゃで奥二重なくらい?
陰キャでもなければ陽キャでもキョロ充でもない。
そんな俺はあまりにも無価値過ぎて、イジメすら時間の無駄だから存在は無いものとされているけれどもそこまで。
暴力的な事も精神的なことも一切されていない。
それだけで幸せなんだと、思わなくてはいけない。

「青山祐陽(アオヤマユウヒ)です。よろしくお願いします。」

ある日俺のクラスに転校生が来た。
心地好いテノール、モデルかと思うくらいに整った甘い顔立ち。
陽キャグループの女子達が仲良くなりそうにソワソワしてるその人は、きっと今日からモテモテなクラスメイトになるのだろう。
けれども俺には関係のない話だ。

「席はー………」

先生が空いてる場所を指定している。
俺の斜め後ろの席。
やっぱり何一つ関係のない人間だなと思いながら、チラリとスマホを見た。
親からも存在を無視されている俺だが、事情があってスマホは持っている。
そのことを当然親は知らない。
何故ならばこれは借り物のスマホだからだ。
連絡先は一つだけ。

『屋上においで』

普段ならば、俺が途中で席を立ったところで誰も気にしない。
先生ですら、何も。
だって俺は居ないのだから。
でも転校生はそれを知らない。

『少しだけ待って。転校生に絡まれでもしたら鬱陶しい。』
『いいよ』

自意識過剰と思われるかもしれないが、それでも正常ではない行動を取れば嫌でも印象は残るだろう。
疑問に思われて変に騒がれても困る。
相手から了承の返事が来たので、俺は机に伏せてただ静かに時が過ぎるのを待った。
外は快晴。

良い昼寝日和だから、このままサボるのもいいかもしれない。

存在を認識されなくなって良かった点は、仮にサボっても気付かれずに出席扱いになってることと授業中に当てられないという事だ。
あとこうやって堂々と寝てても怒られないし、そもそも気付かれてないから内申点も下がらない。
多少サボったところで、どうってことない。
勉強について行くには少しだけ辛くなるが、それだって自己責任だ。

恵まれてると思う。

俺は望まれて出来た子じゃない。
世間体の為に作られて、それでも女の子だったら良かったけど男だったから。
両親が愛しているのは望んで作った兄と、要望通り女の子だった妹だけ。
俺を置いて旅行に行くなんてしょっちゅうだし、ご飯が俺の分だけ無いだなんてほぼ毎回だ。
でも俺は恵まれてる。
家でも学校でも暴力は何一つ振るわれてないし、それに―――

「ゆうちゃん」
「大翔(ヤマト)。どうだった?絡まれたりとかしてない?」

認識してくれる人が、全く居ない訳じゃないんだ。
俺の幼馴染で、学校じゃチャラいタイプの不良でお馴染みの長谷川聖人(ハセガワアキヒト)。
俺はゆうちゃんって呼んでる。
名前に欠片も【ゆう】なんて入ってないじゃないかって?
知ってる。
でもこれにはそんなに長くもないただただ最低な事情があるんだよ。

「おいで」

急に腕を引かれ、レジャーシートの上に寝転がるゆうちゃんの上に倒れ込んでしまう。
筋肉に思いっ切りぶつかって痛い。
痛みに思わず顔を顰めれば、不細工だねと楽しそうに笑いながら俺の頭を撫でた。

あたたかい掌に縋りそうになるけれど、残念なことにコイツは俺の味方じゃない。
俺はコイツの自尊心を満たす為の道具だと、他でもないコイツの口から聞いたのだ。
まぁコイツが友人と話しているのを俺が盗み聞きしただけだけど。

『大翔、寝る場所無いでしょ?俺ん家に来ても良いよ。』

やっぱりコイツもそうなのかと、少しばかり落胆してもなんとなくそうじゃないかと思ってたからショックではなかった。
それよりも盗み聞きしてしまったという罪悪感の方が大きくてなんとなく精神的に距離を置けば、コイツはそう言って俺を家に連れ込みそして犯した。
コイツの家は金持ちで、コイツ自身別宅の方に住んでいるからヤりたい放題だ。

『スマホないと不便でしょ?大翔から連絡しても良いよ。その代わりここに帰ってくるんだ。』

そしてコイツは俺にそう言ってスマホを寄越した。
コイツだけが登録されているメッセージアプリだけが新しく追加されたスマホ。
家にも学校にも居場所が無い俺は、こうして寝る場所とスマホを手に入れた。
コイツからの連絡は必ず返事をして、コイツがヤりたい時はいつでも尻を差し出す条件で。

『………なんか悪いことしてるみてぇ』
『悪いことって?』
『パパ活?的な?』
『なにそれ!俺ら同じ歳なのに!』

スマホを持ちながら怪訝そうな顔を浮かべる俺に、コイツは腹を抱えてゲラゲラと笑った。
涙を浮かべながら大口開けて笑ってるのに、それでもイケメンなのはズルいよなって思った。
嗚呼、世の中って不平等だ。
こんな完璧な生き物に、俺は処女まで奪われたのか。
別にどうでもいいけど、ちょっと腹が立った。

『パパ活なら匿名にしとかないと危ないだろ。』
『………?何の話?』
『マッチングアプリで出会ったって感じにしようぜ。なんてことない、ごっこ遊びだよ。』

俺は情弱なDKで、だから本名で登録して、お前はちゃんとその辺分かってる奴で。
すらすらと設定を言いながら、見せ付けるようにメッセージアプリを弄って表示名を変える。
スマホは持ったことないけど、なんとなくやり方は分かる。
流石にこの時はフィルタリングアプリをガチガチに設定されてて、
アプリ追加するにもコイツの許可が要るし居場所は特定されるし利用可能時間も設定されてる状態だってことは知らなかったけど。

『………だから、今日からお前は俺の中では【ゆうちゃん】、な』

けれども俺はこの日、俺自身の手で俺の中から【長谷川聖人】という幼馴染の存在を消した。
俺を気ままに飼い殺す、俺の敵でも味方でもないコイツは俺のパパでゆうちゃんだ。

当然嫌悪するコイツに、それなら要らないとスマホを突き返した。
確かに安心して寝る場所は困ってるけど、野宿出来ない訳じゃない。
今は辞めてるけど新聞配達のバイトしてるから銭湯代やコインランドリー代はあるし、
警察の巡回を掻い潜って野宿が出来る場所だって知っている。
タイミングが合えば家に帰れるし、実際言う程困ってなどないのだ。

『………分かった。ゆうちゃんで良いよ。』

それをそのまま伝えれば、コイツは諦めたように溜息を吐いてそう言った。
そうして俺は特に意味も無いスマホと、フカフカのベッドのある雨風凌げる場所を手に入れた。
強がってはみたけど、やっぱりフカフカのお布団は嬉しい。
セックスだって気持ちイイから、高校卒業したらマジでパパ活で貯金しようかなと思ってる。
十八歳から成人だし。
高校生の間は未成年だから相手に迷惑かけるかもしれないから取り敢えずは卒業してからだ。

「大翔、何考えてるの?」

グイッと顎を掴まれ無理矢理引き上げられる。
正直痛いが、それでも痛いとは言わなかった。
俺は恵まれている。
平等でもない、味方でもない、けれどもコイツもゆうちゃんも敵ではない。
こうして触れてくれる。
それだけで、俺の心は崩れることなく保っていられる。

「ゆうちゃんのこと」

嘘ではない。
俺がコイツをゆうちゃんにした日のことを思い出していたのだから。
甘いものではないけれど、そもそも俺とゆうちゃんの関係は甘くもないんだから当然だろう?

「ゆうちゃんのこと以外の何を考えればいいの?」

嘘、考えることなんていっぱいだ。
あまり宜しくない環境ですくすくと育っているピッチピチのDKだぞ。
青春なんてどうでも良いけど、ゆうちゃん以外の男ってどんな感じなんだろうって実はちょっと思ってるし、
なんなら前々から猛アピールしてるあるホームレスのおっちゃんと性病になる覚悟でヤってみたいとかめちゃくちゃ考えてる。
でもそれはゆうちゃんの前では考えないことにしてる。
あんまり要らないとはいえ、それでも現品で見返りを貰ってる身だ。
流石に失礼が過ぎるだろ。

「良い子だね、大翔。」

俺の顎を掴んでいた掌を離し、ゆうちゃんが目を細めて嬉しそうに笑う。
あら、イケメン。
時々だけど、最近ゆうちゃんとコイツを別々に考えてしまう瞬間がある。
同じ顔も何も同じ存在なのに、ゆうちゃんの方がコイツよりイケメンに見えてしまう瞬間があるのだ。
うーん、ゆうちゃんを作ったのは失敗だったか?

「俺いい子?」
「うん。良い子。」

サボらせといて何が良い子、だよ。
そうは思うけどゆうちゃんが良い子だと言うのならば俺は良い子なのだろう。

俺は恵まれている。
俺を良い子だと褒めて撫でて抱き締めてくれるゆうちゃんが居るのだから。
でもけして幸せではないことも知っている。
ゆうちゃんが俺だけが知っているゆうちゃんでなくなった時、この関係はあっけなく終末を迎えるのだから。

嗚呼、御伽噺が欲しい。
めでたしめでたしが確約された人生が。



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