5-3

「じゃあ行ってくるね。大人しく待っててねー。」
「大人しく待ってないと家に帰れないから大人しく待ってる。」

委員会へと向かう高城に手を振って見送ると、吉塚は一つ欠伸をして机に突っ伏した。
康田が終わるまで一緒に残ろうかと気遣ってくれたが、
そんなことを頼もうものなら蒔田も着いてきてイチャイチャを見せ付けられることが丸分かりなので丁重にお断りした。
スマホゲームもあまりしないので暇は暇だが、だからといってバカップルのイチャイチャで暇を潰すくらいならば持て余す方がずっと良い。

「吉塚、ちょっと来い!」
「は?嫌なんだけど。まず誰だよ。」

でも寂しいなぁ高城早く戻って来ないかなぁと、らしくもなくそう思っていたら突然腕を掴みあげられた。
予期せぬ痛みに眉を顰めながらも、吉塚は動揺を隠しながら抵抗する。

「今日の体育の授業で!会っただろうが!」
「………マジで誰?知らね。」

体育の授業でのわちゃわちゃは、吉塚にとってはとっくの昔に忘却の彼方に置いた思い出だ。
思い出す価値も無いので、そんな労力を使うことすらない。

「お前マジでふざけんなよ………」
「ふざけてねぇよ。てか離せ。痛い。」

振り解こうにも、力任せに掴まれている為に動かせない。
痣になっているだろうなと思うと、吉塚はただそれだけが憂鬱だった。
高城から何があったのか問い詰められてしまう。
あしらうのも大変なんだぞと、隠すことなく舌打ちをする。
腕を掴んでいる手に力が更に込められて、吉塚はますます痛みに顔を顰めた。

「早く来い。待たせてんだよ!」
「知るかよ。俺はレオン待ってんだ、去ね。」
「おい、まだかよ!」

意味のわかない事を叫ぶ男子生徒に、吉塚は嫌な予感がして必死に抵抗をする。
しかし力の差は如何ともし難い。
挙句の果てに仲間と思わしき他の男子生徒まで寄って来てしまった。
抵抗を続けながらも、吉塚は内心舌打ちをする。

「コイツが抵抗すんだよ。」
「当たり前だろうが………コレ使うか?」

吉塚を拘束している男子生徒が説明すれば、後から来た男子生徒が何かを取り出した。
細長いそれは………何かの液体が入った注射器だ。
男子高校生が普通は持っていないモノ。
けれども何故持っていて何が入っているのかなんて、男子高校生だからこそ想像が容易い。
危険薬物………所謂ドラッグだ。

「勿体なくね?」
「でもコイツ連れて来る用に貰ったやつだしさ。暴れるんなら使っとこうぜ。」

―――馬鹿じゃないか!馬鹿じゃないかコイツら!
掴まれた腕を抜こうと更に力を入れて必死に暴れるも、ますます机に押さえ付けられて完全に身動きが取れなくなる。

「嫌だ………!レオ………んぐっ!」
「早くしねぇと高城が来る所の騒ぎじゃなくなるしな。」
「だな。暴れんなよ、針が中で折れたら大変なことになるぞー。」

口を塞がれ、無理矢理に上着を脱がされる。
その隙に逃げ出そうとしたけれど、首を掴まれてそれすら叶わない。
興奮してるのか馬鹿力で袖を引きちぎられて、露出した腕に針を突き立てられる。
嫌だ、嫌だ………!

「………っぐ、うぇっ!」
「うわっ!吐いた!汚ぇ!」
「言ってる場合かよ!早く運ぶぞ!」

中の液体が体内に入ったと認識したと同時に、どうしようもない嘔吐感が込み上げ我慢することすら出来ずに吐瀉する。
力が入らない。
目がぐるぐると回って気持ちが悪い。
抱えられて運ばれているのは分かるが、どういう運ばれ方なのか分からない。
ただ耳の奥がぐわんぐわんとお盆をひっくり返した時の音みたいな変な音がしてうるさくて仕方ない。

身体が揺れる。
抱えられているからなのか、それとも気の所為なのか分からない。
また吐いた気がもするけど、感覚が全く無くてただただ頭がぼんやりとするだけは分かった。

「………!………………、………………」

誰かが何かを言っているのが、吉塚の耳に僅かに入ってきた。
何を言っているのかは分からない。
けれどもどこかで聞いた事あるような声のような気がした。



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