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吉塚は、元々由緒ある家の分家の生まれであった。
分家とは言え資産はかなりあったのだが所在が怪しい金もいくらかあり、次男である吉塚の父親はその事実を厭っていた。
しかしそこに目をつけていたのが、没落しかけとはいえ旧家の生まれだった吉塚の母親だ。

次男であれば家を継がないから両親と同居しなくても良い。
しかも血の繋がった息子である以上、死ねば遺産は転がり込んでくる。
ましてや彼は気が弱い性格だった為に、押せばいける雰囲気だった。
なんなら、既成事実を作ってしまえば良い。
そんな思惑は彼女の中で歪み固定化され、
あからさまに金目当てだと分かっていて遺産を継ぐつもりはないと頑なに拒否し続けた彼の言葉を右から左に受け流し続けた結果、吉塚が産まれた。

責任を取らせる為にだ。

彼女には彼に対しても吉塚に対しても愛情は全くなかった。
全ては目眩く贅沢な生活の為。
しかし、その彼女の妄想はあっさりと崩れ落ちていった。
詳細は省くが本家である渡邊が当主の跡取り息子の裏切りによって没落し、その煽りを受けて吉塚の家も没落をした。
贅沢に胡座をかいていた両家は文字通り無一文となり、大多数の人間が脱税などの容疑で逮捕された。
唯一無事だったのは、後ろ指を指されようとも清廉潔白に生きた彼だけだった。

とは言え人の噂は歪んで伝わる。
真実を受け入れきれず発狂してしまった彼女の存在も相俟って彼もまた脱税をしていたのだと間違った情報が広がり近所から村八分されかけ、まだ幼かった吉塚もイジメを受けてしまっていた。
そこを助けたのもまた、当主の跡取り息子であった。
吉塚を転校させることにはなるけれど、と管理所有していた土地家屋を彼に貸し出し、そこに引っ越しをさせた。
いくつもの県を跨ぐことにはなったが、拗れてしまった人間関係を清算するには丁度いい提案で、彼も幼くも傷付き過ぎた吉塚も二つ返事で頷いた。
しかし、懸念材料が一つだけあった。

彼女の存在だ。

すっかり発狂していた彼女は家の中で派手に暴れ、虚言癖も発症していた。
あまりの酷さに離婚も考えたが、騒動でバタついている隙に彼女の実家は雲隠れをしてしまっていて。
天涯孤独となってしまった彼女を捨てれる程、彼は非道にはなりきれなかった。
幸いにも吉塚に対して暴力を振るったりすることはないが、しかしそうなってしまうのも時間の問題だろう。
その心情も分かっていたので、跡取り息子は管理している土地で一番広い土地に戸建と離れを作りそこを貸し出すことにした。

戸建には彼女を住まわせ、離れで彼と吉塚が生活するようにと。

自分の方が良いところに住ませることで、彼女自身の自尊心が多少満たされ落ち着くだろう。
とは言え生粋のわがままお嬢様である彼女は一人で家事はできないので、ヘルパーを雇うこととなるが。
果たして、その思惑通り彼女は引っ越して多少は落ち着いた。
離れからでも彼女の金切り声は聞こえたが、耐えられない程ではない。
ただ、日に日に彼女は彼に対して依存するようになり、愛情を一心に受けていた吉塚に対して邪魔だと思うようになりつつあった。

結局吉塚のみが離れで暮らし、彼女の隙を縫うように彼が様子を見にくるという暮らし方に落ち着いた。

それは一般的な家庭とは程遠い暮らし方ではあったが、吉塚はそのことに何の不満も抱かなかった。
多少の寂しさはあっても、それでも跡取り息子やそのパートナーだって頻繁に様子を見にきてくれる。
負担をかけさせているとは言え、誰からも気にされない訳ではないという事実は、吉塚にとって思った以上の安寧を与えていた。
それに―――

「おー、今日もヨッシーのお母さん元気だねー。」

最近は、高城が一緒に居てくれる。
離れと言っても小さな戸建みたいなものだからその辺の安アパートよりは広いし、前述したように吉塚の両親は干渉できる状態ではない。
事情は知らないが家出少年のような生活をしている高城であったが、大人に対しての愛想は非常によく、
人生経験故に警戒心の強い吉塚の父親の懐にすっかりと入り込み、堂々と離れに出入りしてなんなら一室を自分用の空間として持っている。
つまり、実のところ高城はここ数日吉塚の家に住み着いているのだ。

「でもいつもより激しい。父さん出かけてるのかな。」
「あー、颯太さんこの間パソコン壊されたって言ってたから買いに行ったのかも。」

巻き込まれる前にと足早に離れの中に向かいながら、吉塚は初めて聞く話にちょっと驚く。
吉塚の父親………吉塚颯太は跡取り息子の伝手で在宅勤務をしている。
当然PCは必須なのだが、それを壊されるとなると………仕事は大丈夫なのだろうか、そして自分は何故それを知らないのか。
吉塚はそう心配と不満がないまぜになった気持ちで高城を見つめた。

「あー、颯太さん俺に言ったからヨッシーにも言った気になったんじゃない?」

視線の意味を察した高城は苦笑しながらそう言うと、いつの間にか手に入れていた合鍵を使って離れの玄関を開けた。
ツッコむだけ無駄かと、不貞腐れた気持ちだけ残して吉塚は後に続く。
その瞬間、本宅から離れにも聞こえる程の一際大きな金切り声と何かを薙ぎ倒すような音が聞こえた。
いつものこととは言え、すっかり油断していた吉塚はびくりと体を震わせる。
お母さんは、今日もまた―――

「ヨッシー」

高城の優しい声が聞こえると同時に、吉塚の視界がくるりと回り黒くなる。
一瞬倒れてしまったかと思ったが、顔に、身体に感じる熱で高城から抱き締められているのだと分かった。
玄関を閉めて鍵がかかる音がする。
吉塚がそっと見上げれば、優しい顔をした高城が居た。

「ヨッシー、着替えたらリビングで映画観ようか。大音量でホラーとかどう?」

高城はギュッと吉塚を抱き締める腕に力を込める。
本宅では相変わらず金切り声がひっきりなしに聞こえている。
けれどももう、不思議と怖くなかった。

「絶対ヤダ。俺ホラー観ると一ヶ月は一人で風呂入れなくなる。」
「責任、取ろっか?」
「は?キモ。」

吉塚の言葉に、高城がケラケラと笑いながら体を離した。
ほんの少し感じた寂しさは、きっと熱が離れて寒かっただけだろう。
そう思いながら吉塚も高城も、漸く靴を脱いでリビングへと向かった。



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