「前から思ってたんだけど、お前のそういう所ホントにムカつくんだよ。」
「奇遇だなァ………俺も前からお前のそういう所気に食わなかったんだよ。」
獅子が吼え、龍が嘶く。
互いの胸倉を掴み合い睨み合うレオンと弘慈の二人にそんな幻視をしながら、
その場に居た全員はどうしたらいいのか分からず顔を青褪めさせ、けれども巻き込まれるのが怖くて動くことが出来なかった。
キッカケは何だったのだろうか。
たまたま弘慈とレオンが二人揃ってサークルの飲み会に誘われた日、
誠也と大地も二人が所属しているサークルで飲み会に誘われたからじゃあお互い気を付けて飲みに行こうかと決めてしまったことだろうか。
それともやはり、こうなるほんの数分前の出来事か原因なのだろうか。
恐らくどちらも正しくて、そしてどちらもが間違っていた。
ただ単純に、彼らには運が無かったのだ。
危険を回避するための運が。
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レオンも弘慈も、要らぬトラブルを避けるため大学生活では早々に恋人が居ることを明かしていたし、
またそれが高校の頃からの同級生で男であることも明かしていた。
サークル内では眉根を寄せて嫌悪する者達も居たが、
別段なにかしてくる訳でもなかったし同性愛がそう簡単に受け入れられるモノではないとハナから分かりきっていたので特に何か思うこともなかった。
弘慈にとって誠也が健やかに過ごせる世界が全てであったし、
レオンにとっては大地自体がもはや半身のようなものであったので、例え大学生活において爪弾きにされたところで痛くも痒くもなかったのだ。
勿論、同じ大学内に誠也と大地が居る以上、彼らに危害を加えるような存在は男だろうが女であろうが容赦はしなかったけれども。
しかしそれでも弘慈もレオンもモテた。
そりゃあそうだろう。
二人共タイプ違いとはいえ色男だし、女からしてみれば恋人が男であるなら勝てると思ってしまう。
そして男からしてみてみれば、どちらの恋人も平凡地味である以上自分でもイケる………寧ろ勝てると思ってしまうものだ。
ただその大半があまりの猫可愛がりっぷりに勝てる筈がないと現実を見て離れていくのだが、
それでもやはり拗らせた何人かが弘慈やレオンを落とそうと奮闘していて、今回の飲み会にもその為だけに参加していたのだ。
弘慈もレオンも、飲み会には五回誘って一回のペースくらいにしか参加しない。
将来的にコネクションを作るのは確かに大事だとはいえ、飲み会だけがその手段ではないと理解していたからだ。
あと単純に面倒臭い。
そんなことする暇があるんだったら帰って恋人とイチャイチャしたい………と、
参加する際はそんなオーラをいつだって全面に出しながら参加するのだが、それでも群がろうとする方も必死だ。
今回こそは持ち帰りたいとアプローチを繰り返す。
しかしそのアプローチ方法を間違えた奴が一人居たのだ。
「えー、それってさぁ康田くん重くない?弘慈めっちゃ束縛されてるじゃん。」
誰が言ったかはもはや定かではない。
しかしこの一言で弘慈はキョトンと目を瞬かせたし、レオンはグラスを抱えたままゲラゲラと爆笑し出したのだ。
この時点で、何だか雰囲気がおかしいと気付くべきだったのだ。
「束縛されてなくない?俺寧ろもっと束縛して欲しいって思ってるよ。
俺は誠也を飲み会に行かせたくないから、誠也に飲み会に行かないでって言って欲しいもん。」
誠也が言わない以上は、行かないでなんてのはただの弘慈のワガママだ。
最初は遠慮して言わないのかなと思って遠慮なく行かないでいたら、
寧ろ積極的にコネクションを作った方が良いんじゃないかと遠慮がちに苦言を呈されてしまった。
飲みニケーションでしか取れてないコネクションなんて要らないのに………。
「言ったらイイじゃん。ヤッスーは頷いてくれるかもよ?てか言いもしないで察してなんて、その考えが重い。メンヘラかよ。」
キッカケが何か分からなくても、導火線の火が強くなった瞬間は分かる。
グラスの中身を一気に煽りながら、レオンがそう言った瞬間だ。
この瞬間、弘慈の目が明らかに色を変えたのだ。
「お前は何でもかんでも吉塚に言うよな。吉塚にだって作らなきゃいけないコミュニティがあるのにな。
先回りして潰していってるお前の方が重いし気持ち悪いんだけど。」
売り言葉に買い言葉。
しかも互いに酔ってはいないが酒が入って気が大きくなってしまっている。
考え方が違うんだからそっとしておこうと思っていたラインなんて、もはや見えていなかった。
「大地のコミュニティは俺だし、それは大地自身が受け入れてることだから余計なお世話も甚だしいんだが?構ってちゃんのメンヘラ男は口出してくんなよ。」
「誠也が許してくれるからって何でもかんでも誠也自身のためになる訳じゃないし、重荷しかならないだろ。理性知らずの本能でしか喋れねぇケモノは黙ってろ。」
どこからともなく、ゴングが鳴った気がした。
空調を弄った訳でもないのに個室の温度がグッと下がった気もする。
逃げ出したい。
しかし、この二匹の獣がいつでも帰れるようにと入口前を陣取っていたためにそうすることもままならない。
「ケモノで結構なんだけど?理性でセーブしてテメェのメス守れなくなるよりマシだろ。」
「力でしか守る方法知らねぇのかよ。見てないと守れねぇ程度ならそれはただの雑魚だろ。」
………そして冒頭に戻る。
激しく言い争いをしている訳ではない。
胸倉を掴み合い睨み合ってはいるが、言葉は怒りを抑えるためか淡々としている。
ただそれでも震えてしまうのは、もしもこの怒りの矛先が何らかの理由でこちらに向いた瞬間、喉笛に牙を突き立てられるではなかろうかという恐怖からだ。
「そもそもお前ヤッスーが世界一可愛いとか巫山戯んなよ。俺の大地のが可愛いに決まってるだろ。どこに目ん玉つけてんだ。」
「アホくさ。お前に誠也の良さを分かってもらおうなんざ微塵も思ってねぇけどこれだけは言ってやるよ。世界一可愛いのは俺の誠也ですから。」
………段々と雲行きが怪しくなっている。
なんで急に惚気話始まったんだと思ったけれど、それを言葉に出す度胸はない。
ついでにどう見てもあの二人は可愛いとは言い難い、
THE普通な顔でしかないぞとも思うのだが、それを口にした瞬間こちらの命が危険なのは言わなくても分かる。
互いの恋人を貶されたとでも感じたのか、
聞きたくもない口論という名の惚気話が段々とヒートアップしていくのを、室内に居た全員が耳を塞いで身を低くして凌いだ。
怒れる獣を前に人間ができることなんて、ラストオーダーを告げる店員の声が聞こえるのを待つこと位だ。
一人がそっと時計を見て、そして後悔した。
ラストオーダーとなるまでは、あと一時間半もあるのだから。
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