―――その日の昼休み、教室に残っていた全員が嫌な予感がした。
否、昼休み前にその予感を感じていた者は何人か居た。
そういった者は真っ先に学食や別のクラスの友人の所へと逃げ出していて、
ここに残っているのは哀れな好奇心の塊達と、それに付き合わされた更に哀れな者たちであった。
ちらりと、横目で見るのは今やクラス代表のバカップルである康田誠也と蒔田弘慈の二人である。
もうこの数日ですっかり見慣れてしまったというか、見慣れさせられてしまった二人のイチャイチャっぷりであるが、今日はなんとなく違う気がする。
何がどうという訳ではないけれど、ソワソワしているような気がするのだ。
「吉塚くん何か知ってる?」
弘慈が誠也の傍に甘々ベタベタな雰囲気で居るせいですっかり胸焼けを起こしてしまった吉塚に、高城の取り巻き………通称高城ハーレムの女子がコソコソと話し掛ける。
因みに、女子が傍に居る状態だと男子を一切寄せつけない筈の高城が平凡眼鏡男子である吉塚を受け入れているので、
吉塚も高城ハーレムの一員なんじゃないかと専らの噂であるし、なんなら女子達もその認識なのだが知らぬは本人ばかりである。
「知らない。けど、今日蒔田は康田ん家に泊まったらしいからそれでじゃない?」
吉塚の言葉に二人はヤったのかと辺りがザワつく。
尚、このザワつきは水曜日以来二度目であるし、
それでも二人はヤってないのだが、悲しいかな思春期の少年少女達は誤解に誤解を招くものだ。
「ウソ!?マキちゃん一人暮らしだけど、康田くんって実家じゃないの?」
「相手の親が居る時にヤるのってスリルあるよねー。俺結構好き。」
ほのぼのと最低なことを言う高城と噂の当事者達をを他所に、憶測が憶測を呼び間違えたまま静かな広がりをみせる。
まるで静かな湖畔に一滴の朝露が落ちるように―――と言えば聞こえは良いが、ようは野次馬根性が旺盛なのである。
ピーチクパーチクと、わりと好き勝手に囀るクラスメイト達だったが、
誠也も弘慈も既に二人だけの世界に居るので聞こえていないのが更なる広がりを見せる原因でもあった。
「コウジ、あげる」
「ん?はいはい。あーん。」
誠也としては弘慈に最後まで食べられなかった嫌いな食べ物を押し付けているだけなのだが、
クラスメイトからしてみればもはや二人のご飯終了のお知らせイチャイチャである。
たった三日。
されど三日。
この三日間で二人は自分達のイチャイチャをクラスメイト達にとってもルーチンと化してしまったのだから、凄いやら呆れるやら。
そんな感情を抱きながら誠也の友人代表である吉塚と、弘慈の友人代表である高城はぼんやりと見守る。
しかしこの時、吉塚も高城も予想していなかったのだ。
否、嫌な予感はヒシヒシとあった。
しかしまさかこんな方向だとは、思いもしなかったのだ。
「コウジ、俺さぁ。」
「ん?」
「コウジのことが好きです。付き合ってください。」
………は?
クラスメイト一同誠也の言葉に耳を疑ったし、顔を赤くして固まっている弘慈に目を疑った。
いやいやいや、今更過ぎるだろうと。
じゃあ何か?
付き合ってもないのにあんなクソ甘い雰囲気出してイチャイチャしていたのか?
当然な疑問が、浮かんでは消える。
しかし考えてみれば、弘慈は牽制はしていたものの
【本気で好きだから邪魔をするな】と言っていただけで【付き合っている】とは言っていなかった。
しかしその時にはもう目に見えて誠也をベタベタに甘やかしていたし、
その後わりと直ぐにこの状態となっていたから普通は付き合っていると思うだろう?
牽制していた当初はそうじゃなかったとしても、結ばれたからベタベタしてるんだなと。
「………っ!嘘じゃんー!俺から告白したかったのにぃ………!」
しかし事実はそうではなかった。
真っ赤な顔を手で覆いながら、半ば叫ぶようにそう言った弘慈に、その場に居た全員が理解したくなくても強制的に理解させられた。
告白すら、してなかったのか………
別に告白してなくても恋人のような雰囲気を出してる男女だって居る。
ただそういうカップルは、初々しい雰囲気なのだ。
手が触れるか触れないかでドキドキしたり、他の子達よりもちょっとだけ近い距離に優越感を覚えたり。
間違ってもこんな、付き合いたてのバカップルみたいな雰囲気は出さないし出せない筈だ。
ましてや同性同士、付き合ってないならば尚更………寧ろギクシャクするものではないだろうか。
なんなんだコイツら。
「コウジ………ダメか?」
なんで不安になれるの!?
ツッコミを入れたい衝動をグッと堪えて、クラス中が康田の上目遣いに悶えてないではよ返事しろや蒔田、
とも思いつつ二人の恋の行方的なモノを見守っていた。
なんだかんだで、心配なのだ。
「………康田誠也くん!」
「ひゃい!」
「俺の方が好きです!付き合ってください!」
謎のマウント取ってんじゃねぇよ。
てか自分が告白したって事にこだわってんじゃねぇよ。
康田頑張って告白したんだから普通に返事してやれよ。
などなど、心の中でツッコミを入れつつも、誠也が嬉しそうに笑って頷いたのを見てなんとか良い方向に収まったかとホッとする。
それにしても、他人の告白シーンというのはこうもドキドキするものなのか。
出来れば二度と遭遇したくないとは、高城も含むクラスメイト全員の本意であった。
しかしそんな中高城はふと、疑問に思った。
「………マッキーって、付き合ってもねぇのにヤッスーに手ぇ出したの?」
そもそもが誤解なのだが、その誤解が解けてない状態で、これ。
二人きりのイチャイチャ世界に居る誠也と弘慈を他所に、クラスメイト達の視線が一気に高城の方へと向き、そして誠也達の方へと向かった。
弘慈が際限なく甘やかしている風景を見せられ過ぎたせいで、実はクラスメイト達には誠也がまるで小さな弟のように見えつつあった。
そんな状態で生まれた新たな誤解は、もはや朝露の一滴の騒ぎではなく一気に広がりを見せる。
曰く
もしかして康田は蒔田によって選択肢を奪われているのでは?
快感だけ叩き付けて蒔田しか見えないようにしてるのでは?
え?調教されてる………的な?
結論、蒔田最低じゃん
「………康田!康田ちゃんと考えた方が良いって!」
「騙されてないかもだけど騙されるよりもヤバいよ、康田くん!」
「はぁ!?お前ら何言い出すんだ!てか人の告白シーン見てんじゃねぇよ!」
心配し過ぎた一人の叫びを皮切りに、クラスメイトVS弘慈の構図が瞬く間に出来上がる。
突然の事にぽかんとする誠也を他所に続く争いは、昼休み終了のチャイムが鳴る直前に誤解が解ける形で収束した。
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