俺にとっての康田誠也という存在は、なくてはならない存在だった。
幼稚園の頃からずっと一緒で、いつも俺は誠也についてまわっていた。
誠也はそんな俺の手をいつも引っ張って行ってくれて、笑っていてくれて。
俺はいつも、誠也を頼っていた。
そんな立場が逆転したのだと気付いたのはいつだったか。
誠也が俺に対して少しよそよそしくなったと、気付いたのはいつだったか。
気が付けばもう、誠也は俺から距離を取ろうとしていた。
―――そんなのは嫌だ!
俺は慌てて距離を詰めようと頑張った。
誰が俺から離れても構わないけど、誠也が離れていくのは嫌だった。
誰が俺を嫌っても、誠也が俺を嫌うのは嫌だった。
だから無理矢理距離を詰めて、けれどもどんどん誠也は離れて行って………
―――なんで?なんで傍に居てくれないの?
駄々をこねる子供のような思いが止まらなかった。
誠也に捨てられたくなくて必死だった。
他の何も要らなくて、誠也だけが居てくれればそれで良かった。
それなのに、誠也は俺を捨てた。
『なんで俺がそこ受けると思ったんだ?俺の成績じゃ無理だって簡単に分かるだろ?
俺がお前と一緒に居るために努力するとでも思ったのか?そういうの、すげぇ傲慢だよな。』
気が付けば、誠也を殴っていた。
今思い出しても、誠也から言われた言葉一つ一つがナイフみたいに胸に突き刺さる。
そんな言葉を、これ以上聞きたくはなかったから。
でもだからといって、暴力を振るうのは間違っていた。
ハッと我に返り殴ったことは謝ったけれど、暴力に頼るような奴の傍に居たくないと拒絶された。
そう、拒絶。
嫌われるとか、捨てるとか、そんな可愛いものじゃない。
俺は明確に拒絶され、誠也の人生から弾き出された。
『ごめんなさいね、咲仁くん。子供の喧嘩に親が出るなってよく言うけれど………』
次の日、頬をかなり腫らした誠也は当然ながら目も合わせてくれなくて。
それが辛くて謝りに誠也の家に行ったら、誠也の母親からやんわりと関わるなと言われてしまった。
これから来たとしても、取り次ぐことはしないと。
俺の両親には誠也を殴って怪我させた事を正直に告白した。
暴力沙汰が嫌いや両親だからかなり怒られたし、慌てて誠也の両親に謝りに行ったらしいけれど手土産ごと拒否されたらしい。
もう誠也の人生に関わることは無理なのだろうか?
そんなのは嫌だ………こんなにも好きなのに………
その時俺は、誠也に対して友情ではなく恋情を抱いてることに気付いた。
俺は誠也を愛してる。
男同士だなんて関係なく、愛してる。
でも誠也はこんな感情気持ち悪いと思っているのかもしれない。
きっと誠也にバレてしまって、だから離れて行かれたのかもしれない。
誠也はゲイが嫌いで、だから俺は捨てられた。
そう思い込むことで、俺は俺を救おうとした。
高校生になって、誠也が通っている高校と方角が一緒だと偶然知った。
部活の朝練の都合でたまたま早く乗った電車に、誠也が乗っていたのが見えたから。
誠也はこっちに気付いていない。
でも誠也と同じ制服を着た、眼鏡をかけた地味な男と楽しそうに談笑している。
ねぇ、ソイツは誰?
誠也の友達?
そこは俺の場所なのに?
そいつより俺の方がずっとずっと見た目良いし、頭も良いよ。
グルグルと、醜い嫉妬が俺の胃を揺らして気持ちが悪い。
その日から俺は朝練がある日も無い日もその電車に乗る事にした。
誠也はいつも同じ時間という訳ではなかったから居る日も居ない日もあった。
だからこそ、同じ車内に居れた日はすごく嬉しかった。
話し掛けさえしなければ、傍に居ても許されるんじゃないかと思った。
帰りの電車の時間も分かった。
朝と違って同じ時間に乗るから、分かりやすかった。
誠也と同じ電車に乗りたかったから、部活は辞めた。
揉めたけど、誠也と一緒に居る方が俺にとっては大事だ。
帰りの電車でもあの眼鏡は一緒に居ることが多くて、腹が立つ。
あんな奴、誠也に相応しくないのに。
でも誠也は優しいから、あんなクソダサいチビ眼鏡とも仲良くしてやってるんだろう。
話し掛けなくても、誠也と同じ車内に居れるだけで満足だった。
けれどそれが変わったのは、あの日。
あの日誠也は見た事な奴と一緒に電車に乗っていた。
見るからにチャラそうな、そんなに顔が良いって訳でもないくせに勘違いしてそうな男。
確かに顔は良いが、俺程じゃない。
それなのに誠也と距離が近い。
もしかして変な奴に絡まれてるんじゃ………
そう思うといてもたってもいられなくて、俺は二人の後を追いかけた。
でも降りた場所が知らない場所だったから、少し目を離した隙に二人を見失ってしまって。
このままだと誠也が危ない!
あんな奴から、俺が守らなきゃ!
俺の頭はそれでいっぱいいっぱいになっていて、
駅から少し行ったところのゲーセンでやっと誠也を見付けた時は思わずその手を強く掴んでしまった。
話し掛けてはいけないと思っていたけれど、一度触れてしまうともうダメだった。
けれども事もあろうかあの男は、身の程を弁えず誠也の親友を自称したばかりか、俺の行為を暴力だと騒ぎ出した。
確かに強く握ってしまったが、だからって暴力だなんて大袈裟だ。
『行こう。これ以上、コイツの顔見たくない。』
それなのに、誠也はアイツと手を繋いでまた俺を置いて行ってしまった。
どうして?
どうしてそんな酷いことばかり言うんだ?
もしかして、アイツに言わされてるのか?
きっとそうに違いない。
だって誠也は優しいから。
だって誠也は優しいから、いくら拒絶した俺に対してだとしてもあんな酷いこと言わない。
→/拍手