2-3

ポップコーン食い終わって、課題したり駄弁ったりとかしてる内にあっという間に帰る時間で。
遠方で共働きをしている両親の都合で一人暮らしな状態のコウジは寂しそうだけど、
ってか寂しいって言われたけど明日も学校だから泊まる訳にはいかない。

「金曜日から日曜日さぁ、俺ん家泊まらない?」
「良いよ。母さんに話してみる。」

最近仲良くなったコウジの話題を出す時、一人暮らしである事に対して母さんはすごく心配していたから案外すんなり許可は出るだろう。
なんならこっちに泊まらせろと言いかねないくらいだ。

「三日あるから何する?誠也は何したい?」
「ごろごろしたい。」

コウジの家は居心地が良すぎる。
コウジの両親が居ないのが分かってるからっていうのもあるんだろうけど、それ以上にコウジの傍がすごい落ち着く。
守ってもらった刷り込みだろうか。

「良いぞ。ごろごろするの好き?」
「好き。いつまでも寝てられる。」

俺の家の最寄り駅の改札を抜けて、どちらともなく手を繋ぐ。
彼女でもないのに申し訳ないって前言ったけど、俺が不安だからと優しく返されれば受け取ってしまう。
甘えて、しまう。

「なぁ、コウジ。」
「ん?」
「ちょっと、寄り道して帰りたい。」

いつかコウジが好きな人と結ばれる時が来れば、その時はもう手も繋いでくれなくなるだろう。
それまでは、その日までは。
ちゃんと弁えて俺の方から手を離すから、コウジがフリーな内は甘えていたい。
でもそう思うことすら、邪魔になってないだろうか。

「良いよ。俺も、誠也ともっと話したい。」

コウジのその言葉に甘えきって、俺は近くの公園へとコウジを誘う。
俺の家と駅の、丁度中間にある公園。
最近ペンキを塗り替えたばかりのベンチはまだ綺麗な状態を保っている筈だ。

「コウジ?」

しかし公園に向かう途中、コウジは足を止めて駅の方へと振り返った。
やっぱり嫌だったのだろうか。
少し調子に乗りすぎたか。
どうしようもない後悔が胸を過り、思わず繋いでいた手を離す。

「なんでもない。手、離すな。」

しかし完全に離してしまう前に、コウジに絡め取られて叱られてしまう。
嫌だったのかなと思ったのに。
まるで恋人にするみたいに指を絡められて、折角閉めた蓋が開きそうになってしまう。

「今から行く場所知らねぇのに手を離されたら、俺が迷子になるだろ?」

自信満々な顔してそう言われて、思わず吹き出してしまう。
絡め合った指はそのまま、隙間ができないように少しだけ力を込める。
コウジが迷子になったら困るから、仕方ないんだ。
貰った言い訳を使って開き直って、公園へと再び足を動かす。

「金曜日さぁ、俺の家行く前にゲーセンリベンジしねぇ?」

ゲーセン………そういえば、あれから行ってない。
またあそこでアイツと鉢合わせしたらどうしようと一瞬考えるけど、今日まで一回も目にしてないし、もう大丈夫かもしれない。
そもそもアイツが俺の事気にしてるかもなんて、自意識過剰だもんな、うん。

「行きたい、行こう。」
「よし!じゃあラインナップ変わってなかったらこの間のやつ取るから、お気に入りのキャラどれなのか教えてくれよな。」

んん?
ニコニコと言われた言葉に、流石に首を傾げる。
なんで俺がコウジに取ってもらう前提なんだ?
いや、あのデカぬいぐるみ確かに欲しいけども。
俺クレーンゲームやった事ないから自分で取る自信ないけども。

「………コウジが取るの?」
「なんで?嫌?」
「いや、嫌とかそんなんじゃなくて、俺のセリフなんだけど、なんで?」

確かにそもそもゲーセンに行ったのは、俺を甘やかしたいという謎の理由だったが、
正直な話俺は今日に至るまで随分と甘やかされているし、なんなら今週の金曜日からは更に甘やかしてもらう予定だ。

「………あのな、誠也。」

コウジは首を傾げる俺をグイグイと引っ張り、目的地であった公園のベンチに座らせた。
なんだ。
お前目的地知ってたのかよ。
迷子設定どこいった。

「俺は常に、お前を甘やかしたいと思ってる。初めて会った時からずっとだ。なんでか分かるか?」

俺の肩を押さえつけるように掴みながら、コウジは真剣な顔してそう言った。
ドキドキと、高鳴る鼓動は見たことのない程の真摯さにか、それとも別の理由か。
ずっと前から知らないフリをして、今日漸く蓋をした筈の感情がカタカタと揺れる。

「俺言ったろ?尽くすタイプなんだよ、意外とな。」

―――好きな子には尽くしたくなっちゃうタイプ。
今日聞いたばかりのセリフが、頭の中に響き渡る。
それ以上は聞いてはいけないと、臆病な俺が泣き喚く。
けれども全部聞くべきだと、身の程を弁えない俺が叫んでもいる。

「甘やかしたいし尽くしたい。望むこと全部したいし、嫌がることは絶対したくない。」

肩から離れた掌が、今度は優しく唇を撫でる。
もう何もついてないことくらい、いくら馬鹿な俺にでも分かる。

「これは嫌?」
「嫌………じゃ、ない。」
「………じゃあ、コレは?」

コウジの顔が近付いてきたと、思った時には唇に熱が乗る。
一瞬だけ触れて、一瞬で離れていく熱が寂しくて、俺はコウジの服を握った。
嫌じゃない。
嫌な筈がない。
でも俺は、コウジに相応しくない。
だから嫌だって言わないと………

「好きだよ、誠也。誠也がどう思おうとも、俺は誠也が好き。」

ペロリと下唇を舐められて、不快感とは真逆の感情で身体が震える。
拒絶しないといけないのに、俺は服を握る手に力を込めることしかできない。

「ねぇ、誠也。今日は何曜日でしょう」
「………は?えっと、火曜日。」

コウジからの突然の質問に、俺は混乱しながらも答える。

え?なんでいきなり曜日?

もしかして、からかわれてる?
そうだよな、コウジみたいな人気者が、こんな陰キャを好きになる筈が―――

「俺本気だから、金曜日のSHRまでに誠也を落とすよ。で、放課後には俺はお前の彼氏面する。ってか彼氏になる。」

冷静になりかけた逃げ道を、あっさりと塞がれた上に宣言される。
その目は誰がどう見ても真剣で、誰がどう見ても欲が燻っていた。
よ………陽キャな雰囲気イケメンのマジ顔こわい………

「後ね、誠也」
「ひゃい!」
「可愛いな、それ。じゃなくて、言っとくけど俺が誠也のこと恋愛感情で好きなの、皆知ってるから。」

皆………知ってる?
皆知ってる!?嘘だろ!?
てか皆って何!?どの範囲!?
どっからどこまで!?

「少なくとも同じ学年の連中と、告白してきた女子には皆に
【俺は本気で誠也を好きだから邪魔するな。余計なことしたらぶっ殺すぞ】って言ってる。」

なんてことを!なんてことを!
てかぶっ殺すぞなんて物騒極まりないことを女子にも言ったのかコイツ!
俺よく無事だったなそもそも!

「俺が好きなせいで、誠也を傷つけるなんて絶対に嫌だから。」

コウジのセリフに、ひゅっと呼吸が苦しくなる。
好きなことはいけないことだ。
だって俺は、アイツをすきだったせいでああなったから。
だから―――

「身の程なんてクソ喰らえだと思ってる。でも誠也を傷付けることはしないように努力する。俺は絶対に間違えない。」

間違えだらけじゃないか、こんなの、よくない。
手を振り払わなきゃいけないのに、また近付いてくる唇を避けられない、避けたくない。
わざとらしく音を立てて繰り返されるキスが心地好くて、頭がぼうっとしてしまう。

「好きだよ、誠也。今日はまだ友達として居るけど、明日から本気出すから覚悟して。」

明日からとか、それ本気出さないやつじゃんとか。
茶化して無かったことにする言葉なんていくらでも出てくるのに、まだ繰り返されるキスが気持ち良すぎて飛散する。
ただ触れ合ってるだけなのに。
所謂ディープキス的なのをされてる訳じゃないのに。

「コウ、ジ………」
「誠也………そんな顔するなよ。止まれなくなるだろ。」

これ以上されたらと思うとこわくて名前を呼べば、色っぽい掠れた声でそう言ってコウジは俺から少し離れた。
また指が絡められる。
金曜日と言わず、もう落ちてるんだけど………
けれども本当にコウジが本気なのかが分からなくて、俺はもはやガバガバの蓋を再び閉じてしまおうと思った。



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