学校に植えられているイチョウもすっかり色を無くし、はらはらと落ちてくる程の秋。
もう冬の足音すら駆け足に聞こえてくる日々に、俺は何もかもを失った寂しさを癒せずにいた。
あんなにも愛した人に、会えないなんて………
欲を張らずに出会ったあの日のように自然と接触した時に話し掛ければ良かったとも思うが、もう写真を撮るだけで満足出来なかった。
まさか罰ゲーム扱いされるとは思っていなかったけど………
グッと拳を握りしめ、幾度もした後悔を噛み締める。
告白した日から暫くして電車で彼を見かける事がなくなって、まとわりついてウザったい杉村から呼び出されて行ったらあの人が居て。
喜んだのも束の間杉村があの人を突き飛ばすし、でもなんかガラの悪い奴があの人を助けて、あの人もまるで安心したようにソイツの首筋に抱きついて………。
あんな奴、あの人に相応しくないのに。
あれから杉村の家がヤバいらしいし、杉村も杉村で【自分の双子の兄を突き飛ばした】所を多数の人間に目撃されてたから噂が広がってヤバいらしいけど、そんなのはどうでも良い。
自業自得だろ。
あの人はどう見ても、杉村に怯えてたし。
それよりもあの人の消息が分からないのが辛い。
あの人と同じ高校に通ってる奴から情報を聞き出してみるも、そんな奴知らないと言われてしまう。
仕方ないのでイジメを受けては居ないけれど、カーストのギリギリに居そうな奴を何人かとっ捕まえて聞き出してみた。
案外情報を持ってるのはそういう奴らだ。
案の定、あの日以来あの人は学校に来ていないらしい。
家にも帰っていないのは杉村から聞き出して知っている。
となると、あのガラの悪い男の所に居るのだろうか。
監禁されているのだろうか。
きっとそうに違いない。
助けなくてはと思うも、未成年という身分がもどかしい。
使える手立てが限られてるから、なかなか上手いように事が運ばない。
せめて安否さえ分かれば………!
「爪噛むの、あんまりよくないんじゃない?」
ギリギリと親指の爪を噛んでいると、突然前方から話し掛けられた。
知らない声。
否、俺はこの声を知っている………!
気が付けば俯いていた視線を上げれば、案の定、あの時の奴が俺の行く手を阻むように立っていた。
「なぁ、少しオハナシする時間あるか?お前も俺と話したかったろ?」
「あの人は………どこにいる………」
「それも踏まえて、な。とりあえずそこにでも行くか。」
余裕そうに歪められた唇に、イライラする。
男が指さしたのは近くにあった古臭い喫茶店。
罠かもしれないと思ったが、男が俺に危害を加えるメリットがあるのかと言われたらそれは分からない。
けれどもきっと、男の指示に従わなければあの人の消息も安否も分からないままだろうという事は察せたので、取り敢えず頷いてみせた。
無言で踵を返して喫茶店へと歩き出した男の後に、俺も黙って着いて行く。
扉を開けた途端に香る珈琲の匂いは、こんな時でなければ落ち着けたであろう。
しかし俺は今、この男に勝てない喧嘩を売らないように自分を抑えるのに精一杯だった。
「珈琲で良い?」
「お冷だけで構いません。それよりも話ってなんですか………」
「こっわ。折角のイケメンが台無しだな。」
ヘラヘラと笑いながら、男は通りすがりの店員に珈琲を二杯注文した。
止める間もなく流れるように行われたそれに、俺はイラついたが奢らせてやるよと気持ちを切り替えていく。
通ってしまったオーダーを、コチラの都合で取り消しさせるのは気が引けたからだ。
「あの子は幸せだよ。少なくとも、君達と居るよりは。」
男の言葉に、殴りかからなかったことを褒めて欲しい。
何が………何が幸せだ!
あの日からあの人を誰も見掛けていない。
つまりあの人は………!
「言っておくけど俺は、あの子を監禁も軟禁もしてない。実際、一人で出かけたり買い物行ったりしてるし。」
俺の思考に先制するように、男はそう言った。
そんなもの見えてないのだから何とだって言えるし、そもそも軟禁してないからとか監禁してないからとか、そんなもの幸せの指標には何もならない。
「何に対して幸せを感じるかなんて、人それぞれだろ。だからこそ、
俺は千草がどうしたら幸せかを決めつけたりしないで千草と話し合っているし、その上で千草の幸せの為に全力で動いている。」
まるで俺が決めつけてかかっているかのような言い草に、否、それ以上にまるであの人の事を理解しているような言い草に目の前が真っ赤になる。
「貴方は………貴方は一体あの人の何なんだ!?」
「全部だよ。」
店員が珈琲をテーブルに置いて、直ぐに下がる。
カチャリとテーブルとソーサーが接触する音すら不快でその感情のまま男に問いかければ、ふざけた答えが返ってくる。
何が、何が全部だ!
「友人でも、家族でも、恋人でも。婿でも嫁でも。あの子が俺に望む、その全てが俺だよ。」
それは、その言葉は、俺が常々あの人に想っていた言葉だった。
あの人が望むならば、俺は何にでもなりたいと。
出来ればその全てを。
だってあの人は、あの人は俺を―――
「だって、あの子を見付けたのは俺だから」
珈琲を一口飲んだ後、男はそう言った。
見付けた?
俺と同じように、あの人が見付けてくれたではなく?
「あの子は誰だって見付けるよ。優しい子だから。キレイな子だから。でも誰も、あの子を見付けようとしない。」
男の言葉に、ヒュっと息を呑んだ。
誰だって見付けれる。
そうだ、それは確かにあの日から俺があの人に感じていたあの人の優しさだ。
誰も見付けようとしない。
そうだ、俺はあの日まであの人を―――
「でもあの子が望んだのは【見付けてもらう事】だ。そして俺が、あの子を見付けた。」
男の鋭い視線に射抜かれる。
俺が今まで感じていた自信にも似た何かが、音を立てて崩れていく。
俺の手元の珈琲に、ぽたぽたと滴が落ちていく。
「だから俺と千草は、二人で幸せになるんだ。」
見付けた者と、見付けられた者。
俺とあの人もそうだけれども、根本が違っていた。
自然と鼻を啜る。
鼻腔に広がる珈琲の香りの中に、嗅ぎなれた愛しい筈の香りがした。
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