欲しいのはアナタだけ

キレイなモノが好きだ。
汚いモノは嫌いだ。
だから俺は愛永と千草を愛している。
汚いモノに塗れた世界で、あの二人だけは一等キレイだから。
けれどもあの二人を愛せば愛す程に、自分の汚さが嫌になる。
こんなにも汚れた自分が、二人を愛することが許されるのだろうかと不安になる。

そんな日は、あの二人に甘えてしまう。
それでもダメな時は、キレイなモノを抱く。
けれどもそれでもダメな時は―――

「………ピーチ………」

俺の隣で眠る男の顔を覗き見る。
眠っている筈なのに、眉間に皺が寄っている。
標準装備と化している眉間の皺すら愛しくて、切ない気持ちにさせられる。

合鍵を使って部屋に転がり込む度に思う。
オンナが居たらどうしよう、と。
倫太郎はノンケだし、自覚は無いけどモテる。
確かに三白眼な上に眉間にいつも皺が寄ってるし、背が190もあるから初対面には怯えられるが、性格がキレイだから直ぐに好きになる。
だからアイツがオンナと付き合って、結婚して、子供が産まれて。
それが当たり前の光景なんだけど、受け入れられるかと言われれば無理な話だ。

倫太郎は俺の好きにさせてくれる。
今だって上半身裸で寝ているけれど、それは倫太郎の着ていたスエットの上着を強請った俺に何も言わず着せてくれたからだ。
強請れば何でもしてくれる。
一緒にお風呂も入ってくれるし、キスもしてくれる。
セックスだって、してくれる

少なくとも嫌われてはないだろう。
倫太郎は情の深い男だが、だからこそ嫌っている人間にここまで甲斐甲斐しい真似はしない。
面倒臭がりだからだ。
しかし情だけでここまでしてくれるのかと疑問には思う。
そうではないと信じたいけれど、そうなのかもしれないと思ってしまう。

贅沢を言うのならば、愛して欲しい。
しかしそれが許されないのならば、せめて好きで居て欲しい。
子供のままごとのような感情は、歳を重ねれば重ねる程大きくなりどんどん俺を潰していく。
例えば倫太郎が子供を望むならば、世間一般的にはタイムリミットがある。
早く迎えてしまえば良いのに。
そうしたら俺は、倫太郎と一緒に居れる理由が―――

「ただつね………?」

不意に倫太郎の声が聞こえて、思わず身体をビクつかせてしまう。
寝起きの掠れた声がセクシーで、俺の身体の、倫太郎にしか教えていない場所が疼いた。

「起こしたー?ごめーんねー」

へらりと、顔を取り繕う。
外はまだ薄暗く、太陽が完全に顔を出した訳ではない。
今日が休みなのかは分からないけれど、もう少し寝かせていたかった。

「今何時だ………」
「四時だよー。まだ寝てればー?」

スマホを探そうとする手を、握って止める。
俺と同じ、筋張った掌。
俺が抱く子達みたいに、柔らかくて綺麗に手入れされた訳ではない。
けれどもどうしようもなくこの手に、熱に、欲を抱いてしまうのだ。
雌にされたい。
雌になりたい。

「俺だけ寝たらお前が寂しいだろうが………」

握っていた掌を逆に握られて、やんわりと力を込められる。
途方もない程の汚い欲が溢れ出して、倫太郎を染めてしまうのではないだろうか。
嗚呼、そうだったらいいのに。
そうしたらこの魅力的な至高の雄は、永遠に俺だけのモノになる。

「忠恒。」
「なにー?」
「お前は何を望む?お前が望むモノ、全部やるよ。」

ウソツキ。
倫太郎はいつだって、肝心なことで嘘をつく。
俺が望むモノ何一つ、くれないクセに。
寝ぼけ眼で言われたって、本気にする訳ないだろ?

「えー、なにくれるー?」
「お前が望むモノ、全部。なぁ、忠恒。だから………」

倫太郎の掌が離れたかと思えば、俺の頬に手が伸びる。
筋肉質だから代謝が良くて、温かい。
俺の好きな体温。
俺の好きな人。

「俺がお前に一生を捧げる事を、許しちゃくれねぇか?」

―――は?
今、コイツはなんて言った?
あろう事か言うだけ言って寝ようとする倫太郎の背中を思いっきり叩き、眠りの世界の邪魔をする。
今日が仕事がどうかとか知ったことか。

「痛てぇ!なにしや………」
「ピーチ!ピーチ!お前今なんて言った!?」
「ああ?」

眠りを妨げられた事でいつも以上に眉根を寄せながら倫太郎は起き上がって胡座をかいた。
ガシガシと不機嫌に頭を掻く姿も様になっていて格好良いが、今はそんなことに構っている余裕は無い。

「ピーチ、もう一回言って!」
「覚えてねぇよ………」
「俺の望むモノ全部くれるって!」
「ああ、今更だろ。あくまで俺がやれる範囲で、になるとはいえ………お前が望むならいくらでも、全部やるよ。」

至って当たり前みたいな声色で欠伸をしながら言うが、コイツはそのセリフがどれだけ小っ恥ずかしいセリフか分かっているのだろうか。
分かってないだろうなぁ!
押し倒す勢いで抱きつけば、倫太郎は慣れた様子でしっかりと支えながら背中を撫でてくれる。

「りんたろ」
「んー?」
「俺、倫太郎が欲しい。」

倫太郎の、全部。
倫太郎が俺に捧げたいと願う、倫太郎の一生を全部。

「倫太郎の一生を、他の誰にもあげないで。」
「馬鹿かお前。」

けして素直では俺の、精一杯の告白は無惨にも一刀両断される。
なんで?
くれるって、言ったのに。

「俺の頭のてっぺんから爪先まで、ハナからお前のモンだ。」

拗ねていた気持ちが、一気に浮上する。
もしかしたら倫太郎はまだ寝惚けているのかもしれない。
しかし寝惚けているということは、つまり本音に一番近いのではないのか?
否、寧ろ本音なのでは?

「倫太郎」
「ん?」
「俺、セフレ全部切るねー」
「は?」

プロポーズだ。
これはプロポーズ。
誰がなんと言おうともプロポーズだ。
もう倫太郎の代わりのキレイなモノ達は要らない。
倫太郎が居るから、大丈夫。

「倫太郎の人生もらったからー、俺の人生全部倫太郎にあげるー」
「は?え?何の話だ?」
「えっとねー」

混乱する倫太郎に、敢えて詳しい説明はしない。
そんなつもりなかったとか言われたら困るし。
百瀬倫太郎。
ずっと昔から俺が欲しかった唯一無二の男。
俺をけして置いて行かない、ずっと傍に居続けてくれる人。

「俺が倫太郎を、愛してるって話」

俺の、俺だけの人



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