痛い程の日差しが肌を痛めつけた昼間が過ぎ去ったある日。
気になってメッセージを送れば、案の定未読無視で面倒なことになったなと舌打ちをした。
事件が起きなくて良かったなと、言葉だけ見たらなんともおキレイな事を思いつつ鞄を手に取った。
一度捜査本部が立ち上がってしまうと、家に帰ることもままならない。
自分で決めた道なのに、俺自身の役に立たなさに反吐が出そうだった。
「百瀬、今日の合コン行かねぇのか?」
目敏い同僚に声をかけられたが、そもそも合コンなんてもの行くつもりもなかった
俺らの年齢から考えて、本気で将来の相手を探している奴が居てもおかしくはない。
そんな大事なチャンスを、初恋を拗らせた老け顔のイイ歳した男が冷やかしていいもんじゃねぇだろ。
「悪ぃ。ちょっとな。」
言葉を濁せば、同僚は勝手にカノジョかーと冷やかしの声をあげる。
カノジョ、ではない。
俺とアイツの関係は、けして恋人なんて言う甘ったるいモノではないのだから。
しかしじゃあどういう関係が正しいのだろうか。
セフレとは違う。
確かにアイツを抱く時もあるが、片手で数えれる程度の回数だ。
そもそもアイツには美人なセフレが男女問わずゴロゴロ居て、平等にアイツに抱かれている。
じゃあ依存相手か?
だがそれだけだったらアイツには愛永とチビ助が居る。
元は二人だけで、今は三人だけで完成された世界からわざわざアイツが出てくる理由が俺には未だに分からない。
それでもアイツが求めるならば俺は―――
「忠恒、ただいま。」
一人暮らしのワンルームのマンションに声をかけながら入る。
これでアイツが居ないのならば笑い話で終わるが、玄関に俺の趣味じゃねぇ靴があって、
しかも片付けていた筈の布団が敷かれていてあからさまに掛け布団がこんもりと盛り上がっている。
来てからだいぶ待たせちまったと思うが、どうやら今日はとことん俺の気分らしい。
「忠恒。」
布団の山に声をかけながら、そっと撫でてやる。
このクソ暑い中冬用の掛け布団なんざ引っ張り出しやがって、熱中症になったらどうするつもりだ。
俺が理不尽にキヨに叱られんだぞ。
そんな事を思いながらゆっくり布団を捲る。
額に汗を滲ませた愛しい色男が、ぼんやりとした目で俺を見ていた。
「りんたろ………」
「悪いな、待たせちまった。」
「………りんたろ………」
「暑かったろ?おいで。」
180cmある、細マッチョの上半身裸のグズる男を子供にするように抱えて膝の上に乗せてやる。
俺が腰を壊したら間違いなくコイツのせいだなと思いながら、落ち着かせるように天を翔ける麒麟の刺青が一面に彫られた背中を撫でた。
可愛くもなんともねぇ彫りモンしてるが、汗で張り付いた前髪を整えてやれば嬉しそうに掌に顔を擦り寄せてくるのは最高に可愛い。
「………いなかった」
ポツリと、不満の声をあがる。
いつ来ても良いように合鍵を渡してあるが、こうして来た時に居なかったり帰れなかったりする事がザラだ。
どれだけ残酷な事をしているのか分かっては居るが、それでもコイツの為にもこの職を辞める訳にはいかなかった。
「ごめんな。飯は食ったか?」
俺の問いかけに、忠恒は無言で首を横に振った。
声に出して答えない辺り、そもそも腹を空かせてはないのだろう。
この状態になるとご自慢の性欲も、一般的な食欲も睡眠欲もガッツリと減ってしまう。
もう少しして、チビ助に朝は食っていたか聞いておこう。
今は多少回復するくらいには甘やかさねぇと会話もままならん。
「りんたろ」
「ん?先に水飲むか、喉渇いたろ。それから風呂な。」
発音がほぼ全部俺の名前なんだよなぁ。
最初は本当にまともな会話一つ出来ずに困り果てたが、なんとか分かるようにはなってきた。
それでも愛永程じゃねぇし、なんなら最近チビ助ももう分かるようになってきているらしい。
自分の役の立たなさに、本当に死にたくなる。
「りんたろ!」
「ちょっとだけだ。流石にお前抱えて水汲みにはいけねぇから。………なら手ぇ繋ぐか?」
イヤイヤと首を横に振るデケェ子供を膝から下ろして、手を伸ばした。
この状態の忠恒は背を向けられることを異常に嫌う。
置いて行く側の人間のクセに、必要と判断したらそれこそ愛永やチビ助ですら置いて行くクセに、自分が置いて行かれることを極端に恐れるのだ。
ぐすぐすと泣きながら、俺の手を握る。
痛てぇ。手加減しろ。
俺一人居るだけでも狭いキッチンに、普通にガタイの良い男がもう一人。
めちゃくちゃ狭いが、すっかり慣れてしまった。
寧ろ身を寄せ合わなければ身動き取れないような狭さが楽しくて、広い家に引越しをする気力が毎回失せていく。
そんな考えの中満たされたコップ一杯の水を、汗でしっとりした後頭部を引っ掴んで口移しで流し込む。
生温くて気持ち悪かろうに、それでもうっとりとした顔で飲み込んで俺の舌に舌を絡ませてくるのだから、
コイツの気持ちがどこにどういう風に在るのかが毎度分からなくなる。
「りんたろ」
「ああ。傍に居てやる。お前が望むなら。」
いつ崩れるか分からない、ともすれば今この一瞬で崩れてしまってもおかしくない世界。
この世界にコイツは居ない。
俺が持っている世界に、気まぐれに入って来ては同じ気まぐれさで出て行く。
ただそれだけの、砂上の城よりも儚い世界だ。
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