「あの………すいません!」
話は変わるが俺の財布は渡邊さんに、財布に入らなかった現金はオーナーに預けてある。
俺にとって信用出来る人はこの二人しか居ないからだ。
家族と呼ばれるあの人達はもちろん、学校の先生すら信用してない。
だって俺のようないじめられっ子に見向きもせずに寧ろ便乗する人達は、教師以前に人としてダメだと思うから。
だから信用しているこの二人に預けて、必要な分だけポケットに入れている。
「俺、電車でずっと君と一緒なんだけど………」
そしてそんな俺はスマホは持っていないけど、連絡できないと困るからとオーナーから子供用の携帯は持たせてもらっている。
すごく動きの鈍いタッチパネル式だが、電話帳に登録されてる番号としかやりとりできないし、防犯ブザーになるから俺は気に入っている。
渡邊さんとオーナーと、あと事務所。
表示名はダミーでお母さんお父さん家としているその三つの電話番号は、俺の世界そのものだ。
「それで、ずっと君のこと気になってて………」
成人までコレで良いし、なんなら成人しても壊れるまで使いたいと思っている。
せめてガラホにしてよとオーナーは言うけど、必要性を感じない。
何が違うのか調べてみて知ったけど、ガラホで使えてた某緑のSNSアプリは使えなくなるらしい。
だったら子どもケータイでイイじゃんってますますなった。
「あの、連絡先、交換してください!」
「スマホ持ってないんで。」
そんな訳で俺は、放課後に謎のイケメンからの謎の要求をキッパリと断ることが出来るのである。
弟の友達に居そうな陽キャなイケメンだ。
渡邊さんと違ってチャラそうには見えないが、弟が好きそうな爽やか系。
てかこの人、弟の友達じゃないのか?
ってことは罰ゲームか。
「罰ゲームにき、きょ、協力してあげたいけど、本当にスマホ持ってないんで。ごめんなさい。」
「えっ?罰ゲー………えっ、ちょっと待ってお願い!」
取り敢えず頭を下げて、踵を返そうとしたら腕を掴まれた。
声を上げる程じゃないけど、地味に痛い。
何でなんだろう。
協力したくてもできないって言ってるのにすごい必死じゃん………
罰ゲームも違うみたいだし、じゃあ何だ?
「賭けかなにか、っ、してるの?」
「違います!俺、君のこともっと知りたくて!」
どうやら本当のことは教えてもらえないらしい。
つまり誰か見てるのかな?って思って視線を凝らせば、こっちを窺う男子高生が何人か。
イケメンくんの制服と同じ制服だから、きっと彼らがゲームをきちんと遂行出来たかの監視役なんだろう。
罰金とか払わされるんだろうか。
見ず知らずの内に巻き込まれただけなのに?
俺今日の分の金はもう持ってないよ。
昼メシと往復の電車代。
それが基本的に俺の全財産だから。
「いや………困る………変なことに、まっ、巻き込まないでください!」
腕を振り払って、全力で逃げる。
待ってと叫ぶ声が聞こえたけど、待つ訳ないだろう。
無い体力を無理矢理使って足を動かす。
でもどこに逃げたら良い?
あの人が本当に弟の友達ならば、きっと家に行ったら先回りしてゲラゲラ笑っているかもしれない。
じゃあ職場?
でももし後をつけられていたら、俺の唯一の居場所が壊されてしまうかもしれない。
疑心暗鬼。
自意識過剰。
分かってる、でも怖い。
俺は視界に入ったスーパーに咄嗟に駆け込むと、入口近くにあったトイレの個室に逃げ込んだ。
幸いにも扉は閉まっているタイプのトイレで、鍵さえかけなければ入っているのか入っていないのかが分からない。
それでも俺は念の為、いけないとは分かっていても、
入っていることがバレたくなくて靴を脱いで便座の上に立ち、脱いだ靴を強く抱き締めた。
ワイシャツが汚れてしまったけれど、洗えばいい。
取り敢えず十分、ここに隠れていよう。
何も無ければ出て行って、荷物が多くなるけれどもう家には寄らないで職場に向かおう。
暴れる心臓を押え付けるために、思考を散らす。
探しに来るとは、限らないから―――
「全部空いてるじゃん。」
「ココじゃねぇんじゃねぇの?てか普通トイレじゃなくてスーパーに行くだろ。」
バタバタと忙しない靴音と、聞き覚えのない声。
明らかに誰かを探しているセリフに、落ち着こうとしていた心臓が再び暴れ出す。
聞こえてしまうんじゃないかと思うと、怖くて仕方ない………。
呼吸音すら怖くて、俺は必死に息を止めた。
「うるせぇよ!てかお前らが覗いてたせいで逃げたんだろうが!」
さっきのイケメンくんの怒鳴り声が聞こえて、思わず両手で口を押える。
ゴミ箱か何かを蹴ったのだろうか、派手な音も聞こえた。
震えたらバレてしまいそうで、俺は固く目を閉じる。
お願いだから、早くどっかに行って欲しい。
「でも無理だろ。スマホ持ってないとか嘘つかれるくらいだぞ?」
「だからうるせぇっつってんだろ!」
嘘じゃないけど、本当でもない。
管理用暗証番号は知ってるから追加しようと思えば彼の連絡先を追加することができたし、俺の番号を教えることもできた。
でも罰ゲームにそんな労力かけたくなくて、スマホ持ってないと、本当のことだけど彼が望んでいない答えで濁しただけだ。
「………スーパーの中探すぞ。」
イケメンくんのイラついた言葉と共に、また派手な音と忙しない靴音がトイレに響く。
どこかに行ってくれたのだろうか………静かに止めていた呼吸を戻し、そっとトイレのドアを開けて覗き見る。
転がり凹んだゴミ箱以外に、特に何も無かった。
靴をゆっくり床に置いて、足を入れる。
あのイケメンくんは何がしたいのだろうか。
俺をどうしたいのだろうか。
ガタガタと寒さとは別の理由で震える身体を叱咤しながら、俺はこっそりとトイレから抜け出して職場へと急いだ。
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