女と殺人鬼の未来の話

私とチャーリーの逃避行は、私が思っているよりも長く続いた。
お金は大丈夫なのだろうか?
目指すは隣国の小さなダンジョン街らしい。
なんでそんな所まで?と思ったら、なんでも例の乙女ゲームは続編まであるらしい。
舞台は隣国の王都。
でもダウンロードコンテンツで前作のキャラクターも攻略出来るらしいので、
念の為国境からも王都からも外れた場所でそこそこの難易度の高いダンジョンを………
とヒロインの子とこっそり考えた結果見付けたのがその街らしい。

「ダンジョンの難易度は高いが如何せん辺鄙だから人気が無い。ダンジョン街とは言え、他の街よりは発展してない場所だ。」

所謂田舎ってやつだなと、チャーリーは若干失礼な事を言いながら手網を操る。
トータルで1年くらいかかる長旅だとは聞かされていたけど、そんなに緻密に計画されてたとは知らなかった。
なんだか任せっ放しで申し訳なくなる。

「ただそれ前提で予算は組んでるから、家くらいは買える。赤い屋根の………まあ、大きくはないかもしれねぇ家だがな。」

チャーリーはそう言って、すっかり短くなっている私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
別に、本当は大きさなんてどうでも良い。
赤い屋根じゃなくても、良い。
でもなんとなくそれを口にするのも気恥ずかしくて、私はチャーリーの胸にぐりぐりと頭を擦り付ける事で答えた。

「チャーリーは、ずっとお兄ちゃん?」
「ああ。」
「そっか。ありがとう。」

前世の私にも、姉妹が居た。
今世の私にも、兄妹が居た。
けれどもどちらも【私】にけっして関わることなく、どうしても関わらないといけない時はまるで汚物に接するような態度をされた。
辛くはなかったけど、悲しかった。
でもチャーリーはきっと私を愛してはくれてないだろうけど、役割には徹してくれる。
それで良い。
それが良い。

「ん?アリサお前、こんな所にホクロあったのか?」
「んえ?どこ?」
「耳の後ろ」

ちょっとだけ感傷に浸ってたら、チャーリーがそう言って私の髪をかきあげた。
耳の後ろにホクロ?
そんなのあったのかレベルだ。
ずっと髪の毛伸ばしてたし、結ぶのが面倒で下ろしてたし。

「………アイツに見られたことは?」
「アイツって誰。」
「アーノルドだ。お前の婚約者。」

あの人そう言えばそんな名前だったなと思いながら、頑張って思い出してみる。
しかしながら、どうにも思い出せない。
今更ながらぶっちゃけた話、私はあの人が嫌で嫌で仕方なかったんだ。
前世で私を買った、あの人に似てるから―――

『結婚式を挙げたら、デートしよう。それまで我慢だよ。』

私の足を折って、あの人はそう言った。
笑っていたのか、怒っていたのか、悲しんでいたのか。
そのどれもが私には分からなくて、だからこそ怖くて怖くて仕方なかった。

『愛してる、愛してるよアリサ。』

愛していると言っては私を犯し、骨を折った。
骨が折れなくても、押さえつけられた身体はいつも軋んで痛かった。
セックスは気持ちいいものだと聞いていたが、あの人との行為で気持ちいいと思ったことは一度だってなかった。
アレは暴力だ。
いつだって息も絶え絶えで、私はきっと今日こそ死ぬんだと思った。
でも死んだら開放されると、そう思っていたのに………

『君が20歳になったら、結婚しようね。』

あの人は私を殺すつもりなんてないんだと、悟った。
あの人が飽きるまで、私はお人形のまま。
死ぬことも出来ずに気が済むまで嬲られるんだと。
そんなの絶望でしかない。
だから私は20歳の誕生日に、結婚式当日に、逃げ出した。
足が折れていたけれど、不思議と痛くなかった。
それより早く逃げたくて死にたくて。
そしたらたまたま通りかかった人が私を殺してくれた。
何故かは分からない。
アレが誰だったのかも知らない。
その人がまるで寄ってきた羽虫を払うかのように私の心臓を一刺しにしてくれたのだけは覚えてる。
私はそのおかげで―――

「アリサー?どした?」
「えっ、ああ。ごめん。思い出してたけど、分かんない。ごめんね。」

チャーリーの声で我に返って、慌てて返事する。
あの人と婚約者さんは、多分似てないと思う。
それがどんな形であれ、あの人は婚約者さんと違って私を愛してくれていたから。
でも似ているのだ。
雰囲気とかそういうのが、妙に似ていて。
時折私は、あの人が追いかけて来たんじゃないかと錯覚する事もあった。
そんなハズないのに………

「でも大丈夫じゃないかな?婚約者さん、私に興味無さそうだったし。」

いつも会えば小言ばかりだし、だからといって交流する時間的なのは無かったように思える。
それはつまり私に興味が無いということだろうと思いながらそう言えば、チャーリーはなんとも言えない顔をした。
なんでよ。

「なに?」
「いや、なんでも。なぁ、身体キツいだろうが日程急いで良いか?」

チャーリーはそう言うが早いか、馬の腹を軽く蹴ってスピードを上げる。
別に予定が早まる分は問題無いが、一体どうしたんだろう?
でもそんな疑問は、グイグイと変わっていく景色に気を取られてすっかり忘れてしまった。
次こそは楽しい20歳の誕生日を迎えて、ずっとずっと長生きできたら良いな。
そんなトキメキばかりが、胸を占めたから。

そのホクロから【私】が【私】ではないことが既にバレてしまっていることも、兄と呼ぶ位置の人と婚約者さんが結託して捜索していたことも。
そしてもし当初の予定通りに動いていたならば二日後には捕まっていたことも、私が知ったのはずっとずっと後だった。



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