3-3

チャッキーから言われた台詞を理解したのは、入学して3ヶ月位経った時だった。
まず例の庶民の女の子。
マナーがあまり宜しくない割には妙に男の子達にチヤホヤとされていた。
その光景が彼女の物珍しさからかな?と笑えないのは、その侍らせてるメンバーのせいだ。

………全員上流階級で、しかも婚約者持ちとか争いの種でしかないだろ。

しかもその中には第二王子だけでなくてなんとまあ王太子殿下までいらっしゃるとか、ヤバいオブヤバくない?
おかげで彼らの婚約者の淑女達は大騒動。
最初は素直に苦言を呈していたが、鼻で笑われて終わったらしい。
なのでただいま実力行使中。
彼女は入学から1ヶ月で女子の方々からイジメを受けているらしい。
らしいらしいばかりなのは、私はそれを知りながら【何もしない】という選択肢を取っているからだ。
因みに、これも立派なイジメである。
だって関わりたくないし。

でも物事は私を放っておいてはくれなくて。
どうやらそのハーレムの中に私の婚約者さんが居るらしくて淑女の皆様から「悔しくないのか!」みたいな感じで散々罵倒されるし―――

「なんで私の事イジメないのよ!」

例の女の子には謎の絡まれ方するし、散々だ。
そもそも私は社交性ゼロ女なのに、こんな状況マジやめて欲しい。
影から見守ってくれてるチャッキーに声高らかに言いたい。
だから学園になんか行きたくなかったんだと。
てか見えないけどアイツ絶対ひっそり見ながら笑ってるだろ。

「………イジメて欲しいの?」

ドMかコイツ?
残念ながら私は昔も今も特殊性癖なんてお持ちじゃないので、ご要望にお答えできません。
ぷっぷくぷー。

「欲しい欲しくないじゃなくて!悪役モブなんだから仕事しなさいよ!」

………今コイツ、なんて言った?
他にも何かキャンキャン騒いでるけど、それよりもさっきの発言の衝撃が大き過ぎてどうでもいい。

「チャッキー」
「何言って………ガハッ!」

取り敢えず急いでチャッキーに頼んで取り押さえてもらう。
名前しか呼んでないけど、チャッキー的にも気になる発言だったらしく反応が早かった。
気道は塞ぐけれど、首元に跡がつかない程度の力加減で女の子の首を絞める。
でもさっきみたいにキャンキャン騒がなければ、喋るくらいなら可能………らしい。
実際に目の当たりにするのは初めてだけど、以前そんな事を聞いた。

「ねぇ、さっきの【悪役モブ】ってどういう事?君もしかして転生者なの?」
「はっ………あん、たも………?だか………」
「余計なこと言わないで質問に答えて。キャンキャン騒がないって約束してくれれば、手を離してあげる。」

チャッキーに合図をして、絞める力を少し強めてもらう。
そしたらまるで赤べこみたいに首を縦に動かすものだから、面白くてちょっと笑ってしまった。
………折角【悪役】だと教えてもらったんだし、ちょっと悪役らしく振舞ってみるか。

「死にたくないでしょ?でも君は庶民だから護衛は居ない。誰も助けてくれないよ?言ってる意味、分かるよね。」

生殺与奪はどちらが握っているのか、明確に分からせる。
また首が縦に動いたのを見て、私は満足そうな表情を作ってみせた。
なってるよね?大丈夫だよね?
取り敢えずチャッキーが空気読んで手を離してくれたので、悪役っぽい面構えが出来たんだと信じたい。

「話して、全部。君が何者なのかも含めて。」

ちょっと赤くなってる首元を指先で撫でてやれば、情けない小さな悲鳴が聞こえた。
だから騒ぐなってと無言で眉根を寄せれば、女の子は震える声で全部話してくれた。

曰く、この世界は彼女がプレイしていた乙女ゲームの世界にそっくりらしい。
彼女が侍らせていた男達は皆そのゲームの攻略対象の人達で、ハーレムエンドを目指していたんだと。
順調に進んでいた筈なのに、どうしても一人だけ攻略が遅いというかルート通りの動きを見せない存在が居た。
それが私の婚約者さんのアーノルド?さんだそうな。
一番の推しは王太子殿下で、正直ハーレムエンドを目指してる中で王太子ルートは確定出来るからそれでも良いけどなんだか悔しい。
………で、原因っぽいのを探ってみるとアーノルドさんルートでの悪役というか当て馬役?である私が表立った動きを何もしてないことに気付ききっとコレが原因なのだと思ったと。
で、これはバグなんだから修正しなければと思って起こしたのがこの呼び出し、らしい。
もうね、アボカドバナナかと。

「1つ勘違いしてるけど、これゲームの世界じゃないよ?私も彼らも、君が踏み台にしようとしてる令嬢達も生きてる人間だ。」

ま、私とチャッキーもそんな生きてる人間を利用したり殺そうとしたりしてるんだけどね。
でも私達には自覚がある。
私達がやろうとしている事は、私達が幸せならそれでいいとクズい感情のまま他人を踏み躙る最低な行為だと。
だからこそ、誰かから背中を刺されて死ぬかもしれない。
でもこの子にその自覚はない。
気に入らない結末だったり、自分が死んだりしてもリセット出来ると思ってる。
その思考は危険だ。

「君のしたいハーレムエンドとやらで婚約破棄された令嬢達がどうなるか想像した事ある?分からないよね。ゲームじゃ描かれないもん。」

ゲームなんてしたことないから、描かれてるか描かれてないかなんて知らんけど。
でも顔を上げたって事は想像もしてなかったって事だろう。
表情がどうなってるかは分からないけれど、少しは自覚すべきだ。

「さっき苦しかったし怖かったよね?何でか分かる?現実だからだよ。」

私の言葉に、とうとう女の子が座り込んだ。
しゃくりあげる声が聞こえるから、泣いているのだろう。
チラリとチャッキーを横目で見ればチャッキーも私を見ていたらしく、目が合ったら楽しそうに口元を歪めた。

「だって………だって!私だって幸せになりたい!お金持ちで権力があってイケメンな男と幸せになりたいもん!」

びっくりするほど欲望まみれの言い訳を並べる。
なるほど、世の中の人間はそう思う人も居るのか。
確かにこれは賭けに勝てるかもしれない。

「じゃあ幸せになる?他人の人生踏み躙って、恨まれて、それでも幸せになる覚悟があるなら………」

果たしてそれが幸せと言うのかは知らないけど、幸せなんて主観的なものだ。
自分が幸せなんだと声高らかに主張したもん勝ち。

「手伝ってあげる。その代わり、【私】を殺すの手伝ってもらうけど。」
「こっ………殺すって………」

私の言葉に、女の子はますます震えた。
なんだ、人の気持ちは踏み躙りまくるクセに臆病なのか?
もっとこう………殺す気でかかってこいよ!

「血の気が多い。誤解招く。ややこしくなるから口閉じてろアホ。」

そこまで言うことないじゃないか。
と、思うが、言われた通りに口を閉ざす。
チャッキーは適当ばかり言うけれど、こういう時には間違えたことは言わない。
私がわざとらしく口を手で覆うと、チャッキーは満足したような顔をして女の子に事情を説明しだした。
………脚色激しい事情を。

「うぅっ………アーリアさん可哀想………」
「だろ?コイツ脳みそも可哀想だからな。
とは言え逃げ出すにはアーノルド伯爵令息の執着の目を誤魔化さねぇといけない訳だ。分かるか?」

チャッキーの事実1割脚色9割の話を真に受けて、女の子はボロボロと泣いている。
なんか虐待されてたとか、婚約者に実は執着され過ぎて監禁一歩手前だとか………。
脚色多過ぎて一体誰の話なのか全くもって分からないけれど、どうやら私の話らしいので口を噤んだまま否定も肯定もしない。
代わりに冷や汗はダラダラだけれども。

「分かりました!私、アーリアさんを完全な悪役にしてみせます!目指せ婚約破棄、ですね!」

………うーん、なんか違う気がする。
なんか違う気がするけども、本人がノリノリなので何も言うまい。
兎に角、私はこうしてゲームでの攻略情報とやらが書かれた手帳を手に入れた。
ちょっとだけパラ見してみるも、確かに【これはゲームだ】と勘違いしそうなくらいには一致している。

「私、素直に王太子ルート目指すことにします!アーノルド様を落とすの無理そうだし。」
「う、うん?」

なんの宣言だ、なんの。
しかも君は乙女ゲームの主人公だろ?簡単に諦めるんじゃない!
もっと熱くなれよ!!!
焦る私に気付いていないのか、女の子はすっかり熱を持った瞳をしながら私の手を握る。
いや、ほんと止めて。

「婚約破棄を狙うならやっぱり私をイジメないといけないんですけど、
多分他の令嬢の方達と一緒に居るだけで皆さん勘違いして下さると思うんです!なのでこの手帳を参考に、現場に居てください!」

振り払いたいけど本人は真面目にアドバイスしてくれているみたいだから取り敢えず黙って聞いておく。
何もしないをしないまま加害者として認識してくれるのならば、それはそれでありがたい。

「婚約破棄騒動は学年終わりか。」
「最終学年の先輩方の卒業パーティーで行われます。」

チャッキーの言葉に、先程までとは打って変わってキリリとした声で女の子は答えた。
そんな大事なパーティーで、そんな下衆な騒動起こして大丈夫なの?
でもまあ主犯が卒業する王太子だから良いのか?

「アーリア」
「あーい?」
「使うぞ。使えるモノ、全部。」

チャッキーがニヒルに笑う。
残念ながら私には、拒否権が無さそうだ。



拍手